6.5つのルール

 ソームウッド・タウンに、久しぶりの晴れ間が広がった。ゼルジーとリシアンは朝食をすますと、走り出す勢いで「木もれ日の王国」へと向かおうとしていた。
「パル、あなたも来る?」まだテーブルに着いたままのパルナンに、ゼルジーはふと尋ねる。
「そこ、カブトムシはいるかい?」その様子から、この間見つけたというクヌギ林では大した収穫がなかったようだ。
「桜の木の蜜を舐めに、カナブンがたかってくるわ。それにいつだったか、クワガタムシも見かけたっけ」リシアンが答える。それで決まりだと言わんばかりに、パルナンは虫かごと網を手に取る。
「行ってみるよ。その『木もれ日の王国』の入り口っていうのも、見てみたいしね」
 パルナンは2人と一緒に、森へ行くことを決めた。
 ゼルジーはリシアンと並んで歩きながら、後ろからついてくるパルナンに聞こえない声でささやく。
「リシー、わたし、秘密の場所なのに、パルナンを誘っちゃったけど悪かったかしら」
「ううん、そんなことないわ、ゼル。名前を付けるきっかけになったのはパルナンのおかげだし、どのみち話そうとは思ってたのよ」リシアンは答えるのだった。
 桜の木にやって来ると、パルナンはさっそく周りを調べ始めた。リシアンが言った通り、あちらこちらから樹液が流れ出ている。チョウやガがとまって蜜を吸うなか、小さなカブトムシを見つけた。
「メスのカブトムシか。こんなの捕まえてもしかたがないや」パルナンはつぶやく。ほかにめぼしい昆虫がいないとわかると、2人の元へと戻ってきた。
「君らの空想ごっこの調子はどう?」
「それをこれから考えるとこ」とゼルジー。
「でも、まずはルールを考えたほうがよくない?」リシアンが言う。
「あら、そうだったわ。さもないと、また昨日みたいに、ひどいことになっちゃうものね」
「そうだなあ、最低でも5つは必要だと思うよ」パルナンが話しに加わってきた。虫採りができないので、さしあたってすることがないのだ。
「5つかぁ。何があるかしら」ゼルジーは考え込む。
「ねえ、パルナン。あなた、思いつかない?」リシアンが意見を求めた。
「まずは、物語になってなくっちゃね」パルナンは即座に答える。「物語っていうのは、始まりがあって終わりが来るものだろ? 空想するなら、それは絶対に必要なものなんだ」
「そうね、その通りだわ」ゼルジーはうなずいた。
「待って。わたし、メモするから」リシアンはポケットからメモ帳を出す。「いいわ、続けてちょうだい、パルナン」
「それから、1回の冒険で行ける国は1つだけ」
「まあ、どうして?」ゼルジーは聞き返した。
「そりゃあそうさ。おまえの空想は底なしなんだ。いつも、最後には行き詰まっちまうじゃないか。行き先が1つと決まっていれば、もうそれ以上、困難に巻き込まれることもないろ?」
「1回に行ける国は1つだけ……っと」リシアンが書き込む。
「3つ目は?」とゼルジー。
「魔法には属性がなくっちゃな」
「ゾクセイって何?」
「つまり、使える魔法の種類のことだよ。癒やしの魔法とか攻撃魔法とか」パルナンはそこでパッと思いついた。「そうだ、元素にしようよ。火、水、木、金属、土、この5つ。ゲームじゃお馴染みなんだぞ」
「火、水、木……あとなんだっけ?」リシアンはエンピツを浮かせた。
「金属と土さ。それぞれに意味があるんだ。1つずつ言うから、リシアン、メモしてってよ」
「わかったわ」
 パルナンは指を折りながら説明を始めた。
「火は敵を燃やしたり、気持ちを高ぶらせる魔法なんだ。水は冷やしたり、気持ちを静める」
「……いいわ。続けてちょうだい」
「木は病気や傷を治し、金属は楯になるんだ」
「土って、あんまり役に立たなそうだけど?」ゼルジーが口を挟む。
「何いってるんだ、ゼル。土は大地のことさ。どんな重い物でも受け止められるし、自在に形を変化させられるんだぞ」
「全部、書き留めたわ」リシアンは顔を上げた。「4つ目のルールは何かしら?」
「これがいちばん大事なことなんだけど、1度の冒険で使える魔法は3回までにしよう」
 たちまち、2人から不服の声が上がった。
「たった3回? それじゃ空想するのに、骨が折れるわっ」ゼルジーが悲しそうに言う。
「そうよ。そんなの、あっという間に使い切っちゃう」とリシアンも反論した。
「でもさ、そんなにぽんぽん魔法が使えたら、ありがたみがなくなるじゃないか。よくよく考えて使うものなんだ。1度の冒険で3回なんて、これでも多いくらいなんだぞ」パルナンもゆずる気はないようだ。
「でも――」ゼルジーはまだ納得できない様子である。
「ピンチのときに、さんざん知恵を絞って出す。いい魔法っていうのはそういうものなのさ」
 パルナンにそう言われては、2人とも納得するよりほかはなかった。
「じゃあ、最後のルールってどんなの?」リシアンが尋ねる。
「これら4つを含めて、空想中に決めた守りごとは絶対に変更しないってこと」
「それならできそうだわ」ゼルジーはうなずいた。「遊びであれ、なんであれ、決めごとはちゃんとしなくてはいけないもの」
 リシアンはメモ帳を見直して、書き間違えがないか確かめる。
「魔法の属性、決めましょうよ。それぞれの役割は、とっても大事なことだもん」
「わたし、水の魔法がいいな。火って、なんだか恐ろしいわ」ゼルジーがまず名乗りをあげる。
「じゃあ、わたしは木にする。森が大好きだから」それからパルナンを振り返り、「パルナンはどうする?」
「ぼくかい?」パルナンは、ちょっとびっくりした。「まあ、ちょっとぐらいなら空想に付き合ってやってもいいけど……」
「パルは火がいいんじゃない? 前に花火をやったとき、自分で火を付けたがっていたじゃない」
「そうだなあ。火は強力な魔法の1つだから、悪くないね」パルナンは認めた。
「でも、金属と土の役割の人がいないわね」リシアンが指摘する。
「仕方ないわよ。ここにはわたし達のほか、誰もいないんだから」
 誰も、5大元素がそろっていなくともかまわないと考えていたので、問題にはならなかった。
「とりあえず、5つの原則は決まったわね。ちょっとだけ窮屈になった気がするけれど。でも、ルールがあるっていいものね」ゼルジーは満足そうにうなずく。
「ええ、パルナンがいてくれてよかった。わたし達だけじゃ、そんなこと、きっと思いつかなかったに違いないわ」
「断っておくけど」パルナンは釘を刺した。「ぼくは、いつも君らの空想に参加するつもりはないからね。たぶん、明日は別の林で虫採りをするよ。あんまり、当てにしないで欲しいな」
 それでも、この日はたっぷり空想ごっこを行い、パルナンでさえすっかり心ゆくまで楽しんだのだった。

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