トロール先生
始業のチャイムが鳴ったので、席に着いて先生が来るのを待つ。
けれど先生の代わりに、図体のでかいトロールが入ってきた。
「わりぃけんど、センセは来ねぇど。おれっち、食っちまったからなっ」
トロールは馬鹿でかい声でがなった。教室中がびりびりと揺れる。
あちこちの席でざわざわと騒ぎ始める。
「ギッチョン、食われちまったってよ」
「あのギッチョンがねえ……」
ギッチョンとは担任の片桐義之先生のことだ。何かというと、すぐ癇癪を起こし、男にしては甲高い声でわめき散らす。その様子が、まるでスイーッチョンと鳴く虫にそっくりなのと、名前が「カタギリ」なので、「ギ」を取って、「ギッチョン」とあだ名されていた。
「ざまーねえな、ギッチョンのやつ」男子が憎まれ口を叩く。
「よしなさいよ、食べられちゃった人のことを悪く言うのは」委員長の女子がたしなめる。
「あーっ、委員長はギッチョンにホレてたんだなっ。ラーブラブぅっ、ラーブラブぅっ! 委員長とギッチョンはラーブラブぅっ!」
委員長は顔をまっ赤にして、
「ばっかじゃないの? 誰があんなインケン・メガネなんかっ!」
トロールがダンッと教壇を叩いた。教壇はぺしゃんこに潰れてしまう。
「しずかに、しねがぁっ!」窓ガラスが1枚残らず、ぱーんっと割れた。「おめらのタンニンはもう、いねんだどっ。だども、ベンキョはでえじだな。そんぐれえ、おれっちにもわかるっ。だからよ、今日はおれっちがセンセをするどおっ!」
生徒たちから一斉に歓声が上がった。少なくとも、ギッチョンの授業より100倍は面白そうだ。
「おれっちはシャカイカもサンスウもできねえ。だから、外でベンキョすることにすんどっ」
そう言うなり廊下へ出て、どっこいしょっと教室の壁を押した。
めりめりっと音を立てて、教室は校舎の外に押し出される。クラス中がまた、わあーっと楽しそうな声で包まれた。
半分ばかり突き出た教室を、トロールはぽんと蹴飛ばす。タンスの引き出しのように、教室は校舎から飛び出していって、校庭の真ん中にすとん、と落ちた。
「いまの、ちょっとだけスリルあったね」
「うんうん。股の付け根が、きゅんっとしちゃった」
トロールも教室があった隙間から、校庭にどっすんと飛び下りる。蹴り出された教室ごと跳ね上がった。
「すげーっ。家の前をダンプが走っても、こんなには揺れねえぞ」
「体重、100キロじゃきかないよね。どれくらいあるんだろう」
「せんせー、体重、何キロあるんですかー?」
トロールは空を仰いでうーんと考え込んでいたが、「そだな、ガキんときに1度はかったっぎりだけんど」と前置きをしたうえで、指を3本並べて見せた。
「300キローっ?!」わたし達はそろって声を上げた。けれど、トロールは首を横にふって、
「ちがう、ちがうっ。そこさゼロをもう1つ、つけてくれな。だども、あれからもう400年ばかりたってっから、いまはもっとふえてっどおっ」
女子も男子も、驚嘆と尊敬の眼差しで「トロール先生」を見つめる。小学生にとって、大きいもの、重いもの、強いものは、いつの時代でも憧れの対象なのだ。この新しい先生には、その全てがそろっていた。
「せんせーっ」
「トロールせんせーっ」
わたしたちはどっと駆けより、先生を取り巻いた。トロールは少し照れながら言う。
「さあっ、走れ走れーっ。遊べ遊べーっ! おれっちはおめらの味方だかんな。悪い大人は、センセだろがダイジンだろが、おれっちが食っちまうからよおっ!」
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