7.デパートの秘密

 今日も、タンポポ団はラブタームーラの町中を歩き回り、魔法昆虫の手がかりを探していた。
「被害が出る前に、なんとしても捕まえなくてはなりませんね」元之が言った。
「もう、どっかで何か起こってるかもしれねえぞ。おれ達が知らないだけで」浩はそう答える。
「いやだ、そんな恐ろしいこと言わないでよ」美奈子は虫取り網をギュッと握りしめた。魔法昆虫には、たいそう危険な魔法が備わっているのだ。
「館長からまだ連絡は来てないの?」和久が聞く。
「ぜーんぜん。今頃は、埃をかぶったような本を開いて、首っ引きで調べているんでしょうよ」と美奈子。
「お姉ちゃん、ぼく、やっぱり帰らなくちゃ行けないの?」緑が不安そうに見上げる。「魔法昆虫が見つかっちゃったら、元のところに帰されちゃうんでしょ? ぼく、もっとこっちにいたいなぁ」
 美奈子は、なんとも言えず切ない思いがした。けれど、彼の居場所はここではないのだ。

 しゃがみ込むと、緑の目をじっと見つめた。
「あんた、自分の元いた場所が嫌いなの?」
 すると、緑はブンブンと首を振る。
「だぁい好きだよ。いつもタンポポやいろんな花が咲いているし、動物やそのほかのみんなともおしゃべりして、楽しいんだよ」
 そのほかの「みんな」とは誰を指すのか、ほかの面々はただ想像するだけで、あえて聞こえとはしなかった。
 緑のことだから、何やらとんでもない友達がいたのかも知れない。ラブタームーラでいうところの、怪物や妖怪だったりする可能性もあり得る。
 想像力が豊かな和久は、思わずブルッと身を震わせた。
 
 今朝は朝からどんよりと曇り空だったが、とうとう雨が落ち始める。
「このままじゃ濡れちゃうよ。どこか、建物の中に入ろう?」美奈子は頭を濡らしたくないので、手でかばいながら小走りになった。
「そうだな、ビショビショはおれも嫌だ。でも、どこに入る?」
「この先にデパートがありますよ。しばらく、そこで雨宿りすることにしましょう」
 一同は、軒先を借りながら歩く。
 ふいに、チリリン、チリリンという涼やかな音が聞こえてきた。見れば、通りを雨降りお化けのフラリが歩いている。あごが隠れるまで深くかぶった白いチューリップ・ハット、緑色のローブをはおった細長い姿は見間違いようがなかった。
「あら、フラリだわ。トンネルに居着くのに飽きちゃったのかな。おーい、フラリーっ」
 フラリはすぐこちらに気がついて、軽い足取りでやって来る。ザーザーと降る中、まるで気にとめる様子もなかった。

「こんにちは、皆さん」文字通り、鈴を鳴らすように清らかな声でそうあいさつする。
「さすがにあなたは、雨の中でも平気なんですね」元之が感心した。
「ええ、わたし、雨の日が大好きですから」
「あのう、今日は町の中を歩いてるんですね」おそるおそる、和久が聞く。最初に会ったときはあんなに震えていたのに、いまではまったく怖くなかった。
「なんだか魔法の匂いがして、ふらっと来てみたんです」フラリは言う。
「魔法なんて、町中に溢れてるじゃんか。それとも、そいつは危険な魔法なのか?」浩はチューリップ・ハットの中を覗き込もうと、身をかがめる。しかし、内側は真っ暗で何も見えなかった。
「わかりません。でも、前にもどこかで感じたような気がするんです」
「それはどちらの方角でしょうか?」元之が尋ねる。
「えーと……」そう言って、駅のほうをゆっくり指差した。「あちらのほうです。ここからそれほど離れていません」

「ほほう、ちょうどデパートの当たりですね。ともかく、わたし達もそこへ行ってみましょう。ここはタンポポ団の出番のようです」
 ぞろぞろと歩いていくと、人が珍しそうにこちらを見て肩をすくめる。もっとも、誰1人としてフラリに驚く者はなかった。
 無理もない。ラブタームーラには、言葉を話す木や、動くブロンズ像だってあるのだから。
「ここです。ここから妙な魔法を感じます」着いた先は、やはりデパートだった。
「このデパート、相当古いらしいね。あたしのおじいちゃんがまだ子供だった頃、すでに建っていたっていうもん」
「まめに塗り替えたり、補修をしているから、そう古くは見えませんね」
 中に入ると、化粧品の匂いがプンプン漂ってくる。
「デパートの1階って、なんでいつも化粧品ばっか売ってんだ。おもちゃ売り場にでもすりゃあ、もっと客が入るんじゃねえかな」浩がそう言うと元之が、
「1階がおもちゃ売り場では、子供ばかりが集まってしまいますよ、浩君。お金を出すのは親ですからね。それでは商売にならないでしょう」

 タンポポ団の中で唯一女の子の美奈子も、いまのところは化粧品などに興味がなかった。
「地下に行ってみようよ。試食品が食べられるかも」どちらかといえば、食い気のほうが勝っている。
「さんせー。おれ、ちょうど腹が減ってたんだ。あちこち回って、色々食おうぜ」浩が真っ先に手を挙げるのだった。
「あんたも何か食べさせてもらうといいよ」美奈子は緑を見下ろすと、そう勧める。
「うん、たくさん食べたいっ!」初めてのデパートに、緑はすっかり夢中だった。
「ぼく、あまり食べたい気分じゃないんだ」いっぽう、和久はそれほど乗り気ではない。もうじきお昼なので、いま食べてしまうと母親に叱られてしまうことを気にしているらしかった。

 地下の食品売り場へ行くと、試食コーナーをあちらこちらと回る。
 焼きたてのウィンナー、ハム、サイコロステーキ、コロッケ、色々食べているうち、それなりにお腹もふくれてきた。
 嫌がっていたわりには、和久もけっこうつまんでいる。
 ただ、フラリだけは何も手を付けなかった。
「あなたは食べないの?」不思議に思い、美奈子が尋ねる。
「わたし、ものを食べたことがないんです。雨に濡れたり、空気を吸ったり、それだけで満足してしまうたちなんです」
 やはり、人間とは違うんだな、とみんながうなずいた。
「魔法の匂いも、食べ物の匂いでかき消されてしまうんじゃねえの」試供品のオレンジ・ジュースに手を伸ばしながら、浩がそうからかう。
「いいえ、それどころからますます匂いが強くなっています」フラリは真面目な顔で答えた。

「ということは、さらに地階に何かがあるということですね」元之が察しのいいところを見せる。
「でも、ここより下に、売り場なんかないじゃない」美奈子が反論した。
「そうですねえ、設備室とかでしょうか。発電機に魔法を使っているのかもしれません」
「よしっ、腹もいっぱいになったことだし、いっちょ見に行ってみるか」浩は体を伸ばしながら、元気よく声に出す。
 下り階段には、「ここより下は関係者以外立ち入り禁止」の立て看板が置かれていた。
「入っちゃだめだって書いてあるよ」和久が弱気なことを言う。
「ばか言ってんじゃねえ。『入るな』ってのは『入ってくれ』って意味だ」浩が笑い飛ばした。

 踊り場には商品の入った段ボール箱が積んである。客の目に触れない場所など、たいていこんなものかもしれなかった。
 地下2階は、元之の言う通り設備室だった。配電盤が壁中に設置され、ブーンというハム音が響いている。
「見たところ、普通の電気を使っているようですね。何も怪しい感じはしません」
「もっと下から匂ってきます。遠い昔、確かにこの匂いを嗅いだことがあります。ラブタームーラに大災害が訪れた頃のことですが」フラリの何気ない言葉に、美奈子はふと疑問を感じた。
 ラブタームーラに大災害があったですって? それって、館長の話してくれた魔法昆虫のことかしら。
 少なくとも、それ以外でこの町に大災害が起こったという話は聞いたことがない。
「ねえ、フラリ。あなた、いったい何歳なの?」
「今年で9999才です」
 これには誰もがびっくりした。

 さらに階段を下りていく。照明がまばらになり、だんだんと薄暗くなっていった。
「ぼく、なんだか怖くなってきちゃった」早くも、和久が根を上げる。
 一方、フラリは先頭に立ってどんどん下りていった。
 とうとう階段が終わり、その先は扉があるきり。扉にはプレートが貼ってあり、何やら書いてあった。
「なになに、『昆虫工場』だって? なんだこりゃ」浩が首を傾げる。
「中を覗いてみようよ」幾分大胆になってきた美奈子が促した。
 浩はおそるおそる取っ手を廻してみる。鍵は掛かっていなかった。中を覗いて、また「なんだこりゃっ!」と声を上げる。
「どうしました、浩君」続いて元之が扉の向こうをのぞき込んだ。「おお、これはこれは!」
「なんだっていうのよ。中に入っちゃおうよ」美奈子がせかす。

 一同が入ったのは、だだっ広い工場だった。生産が止まっているらしく、シーンと静まり返っている。
 ベルトコンベアーがあり、見たこともないような巨大な装置がいくつも並んでいた。製品を作っていることは間違いなさそうだが、それが何かは見当もつかない。
「昆虫工場ってあるんだから、きっと、おもちゃを作ってるんだよ」和久が推測する。
「そのようですね、和久君。この機械を見てください。これはプレス機です。型にプラスチックを流し込んで、昆虫のおもちゃでも作っているんでしょう」
 広い工場を歩いていくと、ひしゃげて壊れた機械がいくつもあった。機械だけではない。壁は凹んで穴が空きかけているし、柱も半ば崩れていた。
 重なり合う配管の隙間から向こうをのぞくと、工員が1つところに集まっているのが見える。ざっと50人はいた。手に手に工具を持ち、途方に暮れた様子で立ちすくんでいる。

 美奈子達は、できるだけ足音を立てずに近づいた。装置の陰に隠れ、じっと聞き耳を立てる。
「どうしたもんかなあ」
「なんで、こんなのが入ってきちゃったんだ」
「おかげで、工場がメチャクチャだぞ。この分では、夏に売るカブトムシが作れなくなってしまう」
 工員達の頭上に時折姿を見せるのは、カブトムシの角によく似ていた。もしそうだとすれば、途方もなく大きなカブトムシである。
「もっとスイカを持ってきてくれ。また暴れ出さないようにな」責任者らしい人物がいらだったように言った。
 よく見ると、いたるところにスイカの食べかすが落ちている。それも、切らずに丸ごと吸い尽くしたようなのが。

「ああ、思い出した」フラリがいきなり声を出す。「あれは魔法昆虫のダイオウカブトですよ。その昔、町中を壊して回りました」
「魔法昆虫だって?!」美奈子、浩、元之、和久が一斉に叫んだ。 
 それに気付いた工員がタンポポ団に気付く。責任者らしい1人がつかつかとやって来て、
「君達、どこから入ってきたんだ。こんなところに来ちゃいけないだろ」と怖い顔をする。
「違うんです、あたし達、魔法昆虫を探しに来て、ここへ迷い込んだんです!」美奈子は訴えた。
「魔法昆虫? ここでは普通の昆虫しか作っていないよ。夏になると、ペット・コーナーで売られているだろう? あれはもともと、このデパートで作られたものなんだ。逃げ出したものが森で繁殖して、山でも見られるようになったがね」
「ここって、生きた昆虫を作る工場なんですか?」またしても驚く一同。
「じゃあ、カブトムシやクワガタというのは、ここの工場の特許品だったんですか?」元之が聞き返した。
「その通り。工場出荷品はすぐにわかる。裏返すと『ラブタームーラ・デパート製』って刻印が彫ってあるからね」

 驚くことばかりだが、そうもしていられない。目の前に魔法昆虫がいるのだ。すぐにでも捕まえなくては。
「あたし達、あのカブトムシを捕まえることができるんです。やらせてください」
「そいつは助かる。あいつのおかげで、工場はご覧の通りだ。もし言うことが本当なら、さっさと連れ帰ってもらいたい」
 そこで美奈子は、魔法の虫取り網を構えて、ダイオウカブトの後ろからそっと近づく。
「そこだっ、捕まえろ!」浩のかけ声とともに、美奈子は網を振り下ろした。巨大なダイオウカブトが、たちまち普通サイズとなって網に収まる。
 工員達の間から歓声が上がった。
「よくやってくれた。おかげで助かったよ」責任者はニコニコしながら礼を言う。「ついでといっちゃなんだけど、この工場のことは秘密にしておいて欲しい。カブトムシが工業製品だ、なんて知られたら、子ども達ががっかりするだろうからね」

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