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捕らえられた石の公園

 あんまり暑くて、夜も明け切る前に目が醒めてしまった。
「このまま横になっていたら、熱中症になっちゃいそう。近くの親水公園でも歩いてみようかな。少しは涼しいかも」
 身支度をし、サンダルをつっかけた。

 親水公園の遊歩道には、近くの川から取り込んだ水がさらさらと流れている。その中を、ざぶざぶと歩いた。思いのほか冷たくて、一気に汗が引く。
 園内の敷石の上には、檻が整然と並んでいる。中に入っているのは動物ではなく、大小様々な石だ。
「石なんか閉じ込めて、いったいなんになるっていうんだろう」わたしは不思議に思った。
 毒性のある危険な石だから、人が触れないよう隔離しているのだろうか。

 敷地の中ほどに、公園詰め所がぽつんと建っていた。天井に吊されたカンテラが、ちろちろと影を揺らしている。机の上で退屈そうに頬杖をついている公園番に、わたしは声をかけた。
「おはようございます。ここに並んでいる石って、なんなんですか?」
 公園番は頬杖をほどいて、あいさつ代わりに手を振った。
「おはようさん。そうですなあ、あれらの石ですか。なに、ストーン・ハンターなどと呼ばれる輩がいましてね。川でよさげな石を見つけちゃあ、捕らえてくるんですよ」
「捕らえるというからには、石も抵抗をするんですね?」わたしは聞いた。
「石が? 抵抗をするって?」公園番はおかしくてたまらない、といった口調で返す。「石は喚いたり、抗ったなんぞしませんよ。ただ捕らえられ、そして公園に連れてこられるだけです」

「でも、こうしてわざわざ並べてるんですから、何か意味があるんじゃないんですか?」
「並べてるのは連中ですよ。まあ、やりたいようにすればいいんです。もともと川の中にあったものだし、見てくれが悪いわけでなし」
「もしかしたら、殺生石のように毒でもある石じゃないか、と疑っていたんです。通りすがりに、うっかり触りでもしたら大変ですからね」
「ああ、そういう心配は無用ですね、いまのところ。なかには、貴金属や宝石もあるらしいんですが。どれがその貴石か、だなんて聞かないで下さい。わたしだって、知らんのですから」

 白々と日が昇ってくる。公園脇の川のほとりに、浴衣姿の男達がぞろぞろと集まってきた。
 盆踊りの練習でも始めるのかな、と思って眺めていると、1人がせせらぎを指差して叫ぶのだった。
「見つけたり、見つけたりっ! ここに隠れしは、黒曜岩なりっ!」
 浅瀬に突き出した真っ黒い小石は、朝日を受けてきらきらと輝いている。
「捕らえよ、捕らえよっ!」十数人が一斉に小石を囲み、同時に手を差し伸ばす。みんなでつまみ、そのままぐいっと引き抜く。
 まるで掘り出された芋のように、ずもっと黒曜岩の塊が現れた。それこそ樽ほどもある。
「捕らえたり、捕らえたりっ!」口々に歓声を上げる。「やれ担げ、檻に放り込め、さあ公園に並べよっ!」

 わたしに見られていることなどおかまいなしで、採れたばかりの黒曜岩を鉄の檻に押し込み、えっほ、えっほと担いでいった。
 公園の片隅に、また新しい石の檻が置かれる。
 もしかしたら、地中に埋まる石は地球の「意思」そのものなのかもしれない。掘ってくれ、と訴えかけ、それに答える者こそ、あのストーン・ハンターなのではないか。
 そんな考えがぽっと浮かんだ。

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