20.影の国へ行く方法
パルナンが家に帰ってくると、ゼルジーは居間でノートを広げていた。
「ゼルジー、また『木もれ日の王国』を読んでいるの?」
「うん」ゼルジーは顔も上げずに答える。
「もう、100回は読み返してるんじゃないかな」パルナンが言うと、
「そうかもしれない。すっかり覚えてしまっていて、空でも言えるのよ」
「よく飽きないね」
「ここに書かれている1文字1文字が、わたしとリシーとの唯一の繋がりなんだもん。飽きるなんてこと、決してないわ」
そんなゼルジーが、パルナンはかわいそうでならなかった。せめて「木もれ日の王国」の問題を解決してやりたい、そう思うのである。
学校へ行っても、パルナンはそのことをずっと考えていた。あんまり熱中していたものだから、授業中もぼーっとしてしまい、先生に注意をされるほどだった。
休み時間、仲のいいレミティ・パッセルがやって来て聞く。
「どうしたんだ、パルナン。寝不足か?」
「ちょっと考え事があってさ。ずっと頭から離れないんだ」
「悩みがあるんなら、話してみろよ。相談に乗るぜ」
パルナンは、これまでのことをかいつまんで語った。この夏、ソームウッド・タウンに行っていたこと、空想ごっこで行き詰まってしまったこと、妹がこのところ元気がないこと、などを。
聞いている間、うんうんと相づちを打っていたレミティだったが、パルナンが話し終わると、
「わかるなあ、それ。おれも親戚の家に何日か行ってたんだけど、家に帰った後しばらくは、おばさんやおじさんのことばっか思ってて、すっごく寂しかった。向こうにいる間、おばさん達の本当の子になった気がしたもんさ。白状するけど、帰るときは泣きそうになったよ。おばさんも、おれのことを抱きしめてくれてね。別れるときが来て、初めて気がついたんだ。自分は、おばさんのこともおじさんのことも本当に大好きだったんだってね」
「ぼくもそうさ。一緒にいるときは当たり前すぎて、なんとも思わなかったんだ」パルナンはうなずいた。「でも、いまならわかるよ。ロファニー兄さん達は、ぼくにとってかけがえのない兄さんだってことが」
「なあ、パルナン。その魔王ロードンとかに勝てなかったのって、そいつにはない何かに、おまえが気付いていなかったからじゃないのかなあ。おまえだけじゃない、ほかの4人もだよ。それぞれが、自分の魔法こそが一番だ、なんて思って戦ったせいだと思う。心を1つにして向かえば、きっと勝てるんじゃないかな」
レミティのこの言葉に、パルナンは強く感じ入るものがあった。一緒にいたときは気付かなかった気持ち。離れてみて、ようやくわかった心の繋がり。それこそが、自分達にはあって、魔王にはないものなのだ。
「レミティ、君の言う通りだね。魔王は、力があっても孤独なんだ。誰も信頼できる仲間がいない。でも、ぼくらにはいる。たったそれだけの違いだけど、とても大きな差だよね。きっと、それが魔王の弱点なんだと思う」
パルナンの心に、今度こそは勝てる、そんな確信が湧いてくるのだった。
とはいったものの、「影の国」へ行けないことにはどうにもならない。全員が同じ影に入らなければ、向こうへはたどり着けないのだ。ゼルジーはともかく、遠く離れたリシアン達と合流することなど不可能である。
「やっぱり、冬休みまで待つしか無いのかなあ」パルナンはため息をついた。できることなら、ウィスターの森がなくなる前に魔王を倒したい。
桜の木のうろは「木もれ日の王国」の入り口に過ぎなかったけれど、物語が締めくくられないまま森が無くなってしまったら、ゼルジーはどんなにか悲しむことだろう。
いっそ、日曜日にゼルジーと一緒にソームウッド・タウンに行ってしまおうか? いや、おかあさんが認めてくれないだろうな。つい先だって帰ってきたばかりなんだから。
学校が終わり、友達の誘いで遊びに行っても、パルナンの頭の中は常に「影の国」のことでいっぱいだった。
草野球では、守備に回れば飛んできたボールを何度も取り損ね、バッターになればなったで、三振してしまう始末。
「おい、パルナン。どうしたんだ、今日は。なんだかぼんやりしてるぞ」仲間にまで心配されてしまう。
結局、パルナンのチームが惨敗してしまい、中にはパルナンを非難する者までいた。ただ、レミティだけは察してくれて、こう言ってくれる。
「気にするなよ、パルナン。こんな日もあるって。おまえ、頭がいいんだ。絶対に解決方法を思いつくさ」
この言葉に、パルナンはたいそう慰められた。
家に帰って、いつものように居間でテレビの前に座るパルナン。実のところ、番組などほとんど観てはいなかった。
「同じ影に入る方法かあ。そうしないと『影の国』には行けないんだ。どうしたらいいんだろう……」心の中で、まるで呪文のように繰り返しつぶやく。窓の外はすっかり暗くなっていた。
「パルナン、パルナンってば!」セルシアの声でわれに返る。
「なあに? おかあさん」
「何じゃないわよ、さっきから呼んでいるのに。もうそろそろ夕飯の時間だから、ゼルジーを呼んできてちょうだい」
パルナンはソファから立ち上がると、2階へ上がっていった。
「ゼル、ご飯だから下りておいで」部屋の外から呼びかける。けれど、返事がない。「入るよ、ゼル」
ドアを開けると、ゼルジーは窓辺に頬杖をついて空を眺めていた。
「ねえ、パル。リシーも、いま頃はあの星を見ているのかしら」ゼルジーは振り返りもせず、話しかけてくる。
「そうかもしれないね」パルナンはかたわらに立ち、そう答えた。
「だったら素敵ね。わたし達、同じ空で繋がっているんだわ。どんなに離れていたって、見ている星は一緒なんだもの。あの子も、わたしのことを想っていてくれるかなぁ」
「そうさ、リシアンだって同じことを考えているよ。だって、おまえ達とっても仲がよかったじゃないか」パルナンはふと、学校でレミティと話したことを思い起こす。「離れて初めて気がつくことがあるんだって、ぼく、ようやくわかったんだ。お互いを想う気持ちだよ。ゼルだってそうだろう?」
「そうね、本当にそうね。こんなに恋しくてたまらないんだもの。そばにいたときは、どうしてそのことがわからなかったのかしら」ゼルジーは言った。
「魔王にはそれがないんだ。あいつは独りぼっちだからね。それがぼくらの強みさ。今度こそきっと勝てるよ」
「それには『影の国』へ行かなくちゃならないわ。でも、そんなの無理。同じ影を、みんなで一緒に踏まなくちゃならないのよ。できっこないじゃないの」
「それなんだよなあ」パルナンは肩を落とす。「休みの日にソームウッド・タウンへ行けたらいいんだけど、おかあさんはだめだって言うだろうし、ほかに思いつかないよ」
「もしも羽が生えて、この夜の闇のなかを飛んでいけたらいいのに」とゼルジー。
「夜の闇の中か……」そうつぶやいて、パルナンははっとした。「ゼル、それだよ! それが『影の国』へ行く唯一の方法だよっ!」
ゼルジーはびっくりして、パルナンを見つめる。
「どんな方法?」
「わからないかい? 夜だってば。夜って、地球自身の影だろ? ぼくらとリシアンは、いままさに同じ影の中にいるじゃないか。すぐにだって『影の国』へ行けるんだ!」
「そっかあ、電話ね? 電話で話せばいいのよねっ!」
ゼルジーの顔が、ぱっと輝いた。パルナンの覚えている限り、ロンダー・パステルに戻って以来の明るい笑顔だった。
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