エッセイコンペに出し損ねた文章

#あの選択をしたから

留学で得たもの:
・英語
・おもちゃ
・夢を語り合える国を越えた友人
・一度に家族、パートナー、お金を失って養った精神
・新興宗教やってるやつの見分け方

留学で失ったもの:
・お金
・自分を棚に上げて子ども扱いしてくるヲタク
・トランクの中におもちゃスペースを確保するための衣服

(2018年12月10日投稿 自身のInstagram ストーリーズより)

なにかを得れば、なにかを失う。
「お前はどちらを選ぶのか」
全ての出来事が、示し合わせたかのようにその選択を迫ってくる。

『アベンジャーズ/エンドゲーム』や『スパイダーマン:スパイダーバース』、さらには『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』など、2010年代後半から、主にハリウッドを中心としてパラレルワールドを描く商業映画が増えてきたように思う。パラレルワールドとは簡単に言えば、自分たちの世界と並行して存在している別の世界のことだ。

それらの映画の中では、時間は一直線ではなく蜘蛛の巣のようなもので、いくつもの分岐が存在しているという"仮説"のもとに、ストーリーが展開されていく。
もしタイムマシンに乗って過去に行ったとしても、それは自分が生きてきた過去とは限らないので、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のようにタイムスリップをして過去を改変することはできないらしい。

映画とはそもそも、偶然に見えるように必然を並べてつくられており、観客は登場人物の選択を眺める娯楽だ。
スクリーンの中にパラレルワールドがあったとしても、あくまでそれは(どの映画のエンドクレジットの注釈にあるように)"Work of Fiction"なので、観客自身もその選択の連続で人生を送り、パラレルワールドを行き来している事には気が付かない。

冒頭に記載したのは、私が大学3年生の時に経験した約半年間のアメリカ留学の最終日に、Instagramのストーリーズに夜な夜な(紙に書いたなら「殴り書き」だが、スマホに打ち込んだので)殴り打ちしたものだ。
「留学行って人生変わった!バナシ」ができる人は、留学中にしっかり身になることに対して積極的になれた人か、そうでなくともその経験を独自の解釈をもってして価値付けられる人なんだろうと思う。

しかしきっと自分はそのどちらでもないので、覚えていることを並べると、偶然旅行中のニューヨークで鉢合わせた推しのハリウッド俳優とツーショットを撮ってもらい、アメコミ関連のグッズを買いすぎて所持金がゼロになり、同じ大学から一緒に来ていた友人が宗教2世の日本人留学生に洗脳されていた。

留学先の大学は全寮制で、私の友人はたまたま新興宗教に陶酔しているその日本人女性とルームメイトになってしまったのだ。

寮の部屋に設けられた窓から差し込む夕日に照らされる中、
「私、洗脳されているかもしれない」
その状況が怖くてつらいと冷静に打ち明ける彼女に、私は自分のペンケースからシャープペンシルを2本取り出し、食べかけのインスタントヌードルから箸を抜き取ると、それらをローテーブルに平行に並べた。
「自分がいるこのパラレルワールドは、今は苦しい現実かもしれないけど、望んでいる未来に辿り着くためには、この1本の選択を選ぶ他なかったんじゃないか、って思う日がきっと来るんだと思うんだよ」
私はそんな無責任で抽象的な言葉を口からスラスラと連ねながら、1本のシャープペンシルの先に消しゴムを置いたのをよく覚えている。
この時の私はまだ、”選択”の重みを十分に理解していなかった。

大学卒業間近の2019年、この時の私はまだ”アメリカかぶれ”真っ最中だったので、卒業後はワーキングホリデーやらなんやらを駆使して海外で働くであろうと軽率に見積もっていた。そのため就職活動もろくにせず、親からの圧から逃れるために念のためにとアーティスト事務所の映像部と、キャバ嬢のプロフィール撮影専門会社の2社にしか履歴書を送らなかった。
2020年1月、新型コロナウイルスの大流行と共に海外への渡航の可能性を絶たれ、内定をいただけたアーティスト事務所に”入社”することを決断したのだった。

入社して気付いたのだが、所属した部署には私含めて2人しかいなかった。たったひとりの上長の山田さん(仮名)は社長との親交があるらしい50代の男性で、物腰の柔らかく、いつも冷静な方だった。
制作物への社長の確認待ちで深夜に退勤してアパホテルで夜を明かすことも多く、まき散らされる社長の怒号をいかにかわすか、変幻自在なディレクションにいかに対応するか。業務面で言えば決して容易い仕事ではなかったが、自分が好きな「アート」と「映像」という二軸でご飯が食べられることの充実感の方が大きかった。

入社から僅か半年後、目の前で上司がクビになった。
複数のスタッフを含めたとある映像作品のミーティングの最中に、山田さんと社長の意見が食い違った。きっとこの会社の中でこの社長に意見が出せるのは彼くらいなのだろう。
「山田君さ、じゃあこの会社から出ていくか」
なぜそうなる?話が飛躍しすぎだ。
まるで痴話げんかのようだった。
呆然とその光景を眺めているうちに、社長の目線が私に刺さった。
「君はどうする?会社に残るか?」
「はい、よろしくお願いします!」
その1か月後、私は上司と一緒に退職した。

給与にも仕事内容にも満足していた。
わざわざ書いてしまうとそうだと思われかねないが、決して人間関係が悪かったわけでも社長の振る舞いがしんどかったわけでもない。
ただ、ひとりでやっていく自信が無かった。
未来があまりに未知すぎたのだ。
その後業務委託としてレコード会社の映像製作チームに所属するなどを経て、現在は会社員としてゲーム業界で映像製作を生業としている。
今の会社はほとんど定時に帰れているし、そのおかげでイラスト、CG、小説など、今まで自分がやりたかったものづくりに時間を割くことができている。「キャリア」と引き換えに、自分のものづくりの追求を選んだのだ。

しかしあの時山田さんと共に退職せずに、ひとりで会社に残っていたら。
今よりも全然違う世界に行けていたんじゃないか。
もっと面白いものづくりに携われていたんじゃないか。
そんな仮定を妄想しなくもないが、選択に失敗はないのだろうと思っている。
なぜならもし今それが失敗だと思っていても、未来の自分はその選択をありがたがるだろうと確信しているからだ。

映画では主人公を痛めつければ痛めつけるほどストーリーは展開し、観客もハラハラしながらそのフィクションの結末を楽しむことができる。
人生は映画ではないが、一歩引いて自分の人生の観客になることで、パラレルワールドの分岐を楽しむことができるかもしれない。
というか、そうでなければ人生しんどすぎてやっていけない。

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