【短編】竜も居る家
家が貧乏だった。と言っても別に食事もままならないような極端なものではない。一桁の年齢の子供をして、他の子とは少し格差を感じる程だと言えば伝わるだろうか。
早くから唯一の肉親となった母親が朝から夜まで働き詰めだったので、友達が居なかった僕は学校から帰ると専ら家で飼っている小さな竜と二人で過ごしていた。
竜は僕を暇にさせてはくれない。流暢な会話が可能なほど知能が高い竜にとって狭い家は退屈なものでしか無かったのだろう。宿題をしていようが、食事を済ましていようが、竜は構わず話しかけてきた。
「それは何をしているんだ」
「ご飯を食べてるんだよ」
「それが食事なのか」
「うん。君は違うの? 僕、君の食事って見たことないな」
「私の食事はもう少し硬く、そして煌びやかなのだ」
「変なの」
「何かを守るには、何かを減らさなければならないからな」
「よく分かんないや」
そんな会話が続く食卓は歪ではあったが幸せだった。しかしそれは竜にしてみればどうなのだろうか。
「こんな狭い家に住んでたら退屈でしょ」
「あぁ、退屈でしかたない」
「じゃあ、なんでこんな家に住んでるのさ」
「外に出たくないんだ。人は怖いからな」
難しさと堅苦しさが喉に詰まってきた僕はそこですっぱり会話をやめた。
母と竜はなぜか話をしない。竜が母を避けているようにも、その逆のようにも見えた。竜に母の話を聞いたことが一度だけあったが、「あれは恐ろしい」と言ったきり何も話してはくれなかった。竜が話したくないことを、僕はそれ以上聞きたくもなかった。
中学に上がって部活をやっても、高校に入ってバイトを始めても、挙句社会人になってもそんな生活は変わらずに自分の傍にあった。
変わったのは竜の体調だけだ。
衰弱していく竜を見て母は、これでいいんだ。みたいな事を言っていた気がする。何かを振り切ったように明るくなった母を見ても僕にはそう思えなかった。目に見えて良くなっていく生活も、今更飾られた父の遺影も心底どうでもよかった。それでも僕は家を出ない。何かを守るには、何かを減らさなければならない。
減ったのは通帳の残高と唯一の肉親。残ったのは山積みの金塊と唯一の友。そしてそれを、友には悟られないような笑顔で。
「もうしばらく、ここに居てくれ」
「あぁ、人は怖いからな」
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