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ある嫌われ者の死

 嫌われ者が嫌われるのは理由のないことではない。偏屈、常に悪態をつき、周りを罵倒する。ひとかけらの優しささえ見せることはない。泣く子はさらに泣くし、虐げられたものをさらに苛む。周囲は彼を遠ざけ、そうなると嫌われ者は嫌われ者でさらに周囲を馬鹿にして悪罵の限りを尽くす。そんな悪循環。
「うるせえんだよ、バーカ」
 が、そんな循環も永遠には続かない。嫌われ者だって人の子、それまで一片の人間らしさを見せたことがなくともちゃんとお迎えがやって来る。こればかりは罵詈雑言を尽くしてみても避けようがない。
 嫌われ者は病室のベッドに横になり、窓の外を見ていた。無論個室、最初は大部屋に入れられたのだが、案の定同室の患者たちと反りが合わず、追い出された格好。本人に言わせれば出て来たことになるのだが、まあ物は言い様だ。
 窓の外では雪が降っていた。ありきたりだが、しんしんと、という表現がぴったりな雪。昨夜から降り始め、時折弱まるものの決して止まない。嫌われ者は朝目覚めてからずっとそれを見ていた。見舞い客など来るはずもない。もし晴れていれば、太陽が東から西へと進むのを眺めていただろう。看護人たちもできるだけ彼と接しないようにしていた。何かにつけていちゃもんをつけ、文句を言われるからだ。だから、嫌われ者にはすることがない。
一人の看護人がやって来て、点滴をチェックする。彼女もその作業をすぐに済ませて退室しようと思っていたが、雪を見る嫌われ者の眼差しを見て話しかけたくなってしまった。
「雪ですね」
 嫌われ者は何も答えない。
「ここだと雪を表す言葉って一つしか無いですけど、私の故郷だとすごくたくさんあるんです。たくさん雪の降る土地で、白一色に見える雪にも様々な色があるって考えられています」
「だからどうした?」と嫌われ者は窓に目を向けたまま言った。
「ただ、なんとなく」 と看護人は小さな声で言った。
 嫌われ者は何も言わない。看護人は嫌われ者の言葉をしばらく待ったが、何も言わないと考えたのだろう、部屋を出ていった。嫌われ者は病室に一人。
「遅かったな」と嫌われ者は言った。背後に死を感じたからだ。
「嫌われ通しの一生でしたね」死は言った。
「それでいいんだ」
「ほう」
「これで、誰も悲しませることなく死ねる」
「優しいこと」死は背筋の凍るような笑い声を上げた。
 そして嫌われ者は息を引き取った。雪の話をした看護人はそれを聞いて涙を流した。それ以外の誰一人、嘆き悲しむような者はいなかったし、涙を流す者もいなかった。思い出そうとする者もいなかった。
 優しい嫌われ者の話。
 そんな奴いないよ、バーカ。

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