見出し画像

今日のニュースです。

夕方のニュースの時間、テレビ画面の中、アナウンサーが微動だにしないでいる。そのままで長い時間が過ぎた。いつもなら次から次へとニュースを読み上げていくアナウンサーが動かないなんて、異常と言う他ない。受像機か、もしくはテレビ局の方でなんらかのトラブルがあってきちんと映像が届けられていないのではないかと一瞬思う。それでアナウンサーの静止画像だけを延々と見せられているのではと。
しかし、よく見るとアナウンサーが時折まばたきをすることからその線は否定される。映像は間違いなく電波にのってここまで来ているのだ。
では、音声の方のトラブルか?あちらのマイクか、こちらのスピーカーの故障?いや、アナウンサーは微動だにしないのだ。まばたきの他にはまるで動かない。口が動いていない。マイクかスピーカーが壊れた上に、アナウンサーが腹話術でニュースを読み上げるようになったなんてことは万に一つもないだろう。アナウンサーは番組が開始してから一言も喋っていないと見る方が妥当だ。
アナウンサーは何も喋っていないのだ。なぜなら伝えるべきニュースが一切無いから。
その日は、どんな事件も事故も起きなかった。重大なものはもちろん、些細なものすら。誰一人傷付けられたり、殺されたりしなかった。政治家も有名人も、これといったことをやらなかったし、言わなかった。まあ、これは普段からそうかもしれない。しかし、いつもなら、何かを探し出して、針小棒大、騒ぎ立てることができるのに、そのきっかけすら無かった。また、祝福すべきこともこれといって見つからなかった。誰かが誰かに勝ったとか、誰かが賞を受けたとか、何か新しい発明がなされたとか、画期的な製品が発売されたとか。そんなことも含め、普段ニュースで伝えられているようなことが本当に、本当に一切起きなかったのだ。ここまで何も起こらないのは奇跡としか言い様がない。
それはテレビ局の記者たちだってプロだ。意地がある。街をくまなく駆け回ってニュースを探した。しかし、ルーペを使って、路地の雑草の陰まで探してもニュースは無かった。それでも時間は刻々と進み、ついに夕方のニュースの時間になってしまったのだ。
そういうわけで、アナウンサーは読み上げるニュースが無く、ただじっと座っているしかできなかったのだ。少し困った笑みを浮かべて。
このままアナウンサーを黙らせているのも可哀想だと、記者の一人が取材中に耳にしたことを伝えた。アナウンサーはそれを読み上げる。
「今日の午後、坂の下のクリーニング屋さんのお子さんが転んで膝を擦りむきましたが、幸い大事には至りませんでした」
他の記者もそれならと
「今日未明、八百屋さんの奥さんが双子の赤ちゃんを出産しました。男の子と女の子の双子です」
さらに他の記者が
「今日は気持ちの良いそよ風が吹いていたそうです」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?