お仕事

「消防士」
「いや」
「工事現場の人」
「違う」
「ガードマン」
「外れ」
わたしはその人に声をかけたわけだけど、わたしは普段そんなことするような人間じゃなくて、どちらかというとシャイで人見知りなのだけれど、じゃあなんでその時はそんな風に見知らぬ人に声をかけたかというと、深夜のレストランで、一人寂しく食事をしているなんて可哀想だと思ったからだ。わたしも、その人も。
「意外とお医者さん?」
「まさか」
「そうよね」
「そもそも医者はこんな真夜中に出勤するものなのか?」
わたしは肩をすくめた。「知らない。だって、医者の友達なんていないし」
今度はその人が肩をすくめた。
その人はなんだかとても影の薄い人だった。気配というものが稀薄で、店員も中々オーダーを取りに行かない。わたしは困っている人を見ると胸が傷むたちなのだけれど、普段はシャイだから行動に移せないのだけれど、この時は勇気を奮ってその人のために立ち上がったのだ。別にその人は困ったようではなかったけれど。
とにかく、わたしはその人、中肉中背で、年齢不詳、ある男と呼ばれるのが妥当なその人のために店員を呼び止め、それがきっかけになって話を始めたわけだ。
「降参、答えを教えてよ」
わたしが勝手に始めたクイズ、その人の職業を当てようと思ったのだけれど、どれもこれもかすりもしない。
「殺し屋さ」とその人は薄ら笑いを顔に浮かべながら言った。
「嘘ね」
「本当さ」
「真実を知ったわたしを殺すの?」
「あんたを?」その人は目を丸くして驚いた。「まさか、あんたを殺してなんの得がある?」
わたしは肩をすくめた。まあ、確かにわたしの命になんてなんの価値もないのだろうけど、たとえば大統領とか、どこかの国の要人とか、すごい発明をしちゃって世界の勢力のバランスを崩しちゃうような天才科学者とかじゃないから、わたしが生きていたところで困る人はいないわけだから、誰もわたしを殺そうとはしないだろう。もしかしたら、わたしが死んだところで困る人もいないかもしれない。そんなこと、ちゃんと自覚していたわけだけど、それを他人に、真顔で、面と向かって言われるのと、自覚しているのはやっぱり違うのだ。その人はわたしに打撃を加えようとしてそんなことを言ったわけではないのは百も承知だし。
「本当に殺し屋?」
「ああ」とその人は頷く。
「これからお仕事」
「ああ」
わたしはその人の顔をまじまじと見詰めた。これはこれから人を殺しに行く人の顔なんだ、って感じで。実際、わたしは、人を殺したことのある人を初めて見たのだ。
「ねえ」
「なんだい?」とその人はコーヒーを飲み干しながら言った。
「人を殺すのってどんな気分?」
「コーヒーを注ぐのと変わらないさ」
「嘘よ」
「仕事は仕事だ」
「でも、人殺しよ」
その人は肩をすくめた。「どんな仕事であろうと、美学が必要だ」
「コーヒーを注ぐのも、人を殺すのも?」
「ああ、それさえあれば、どんな仕事も変わらない」
その人は伝票を持って立ち上がった。「そろそろ仕事に行かないと」
「ねえ」
「なんだ?」
「わたしの仕事はなんだと思う?」
「さあ」とその人は言った。「なんだろう、見当もつかない」
「娼婦よ」とわたしは言った。

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