銀河に浮かぶ

「河に行きましょ」
「こんな夜中に?」
「夜中だからよ」と言った彼女に手を引かれて、言いなりについて行ったが、その進む先が深い森を経て、山道になるに及んで、さすがに彼も不思議に思ったらしく、彼女に尋ねた。
「こんな所に河が?」
「黙ってついて来て」
彼女は山道を力強く登って行く。次第に背の高い木が減り、開けた所に出た。月明かりが、彼女の後ろ姿を照らす。薄いスカートの下で、臀部の、太ももの筋肉が収縮するのが見える。
「着いたわ」ほどなくして彼女はそう言った。しかし、辺りを見回しても、河はおろか、水も、水音さえ無い。それは山の高台で、頭上を星空が覆っている。銀河だ。
「どこに河が?」
彼女はそれに答えず、スルスルと服を脱ぐと、高台から銀河めがけて飛び込んだ。一瞬、彼は彼女が谷間に落下してしまうのではないかとヒヤッとしたが、銀河が彼女を受け止め、彼女はその中をスッと泳いだ。かろうじて目に見えるくらいの明るさを持つ星が飛沫になって彼の足元に降ってきた。彼女が手招きをしている。彼は服を脱ぎ、彼女に倣って銀河に飛び込んだ。
思いの外、銀河は温かかった。もちろんひんやり冷めた所もあったが、おおむね心地よいぬくもりを持っていた。彼女が微笑みながら彼を見ている。彼女の黒い髪が銀河に濡れて、輝きながら彼女の額に貼り付いていた。
彼女が泳ぐのを彼は追った。銀河は広く、果てが無いように思えた。手で星々を掬い、かけあう。キラキラと飛沫が上がる。
泳ぎ疲れ、プカプカと浮かんでいると、彼女が一等星をもぎ取って彼に差し出した。彼はそれを口に含んだ。それは温かく、甘かった。
「あのは星はどんな味?」
「あの色をしている星は熱すぎて舌を火傷しちゃうわ」
二人並んで銀河に浮かんでいたが、彼は自分の隣で彼女が大きくなっていっているのに気付いた。彼にはそれが自然なことに思えたので、何も言わずに眺めていた。彼女はあっという間に宇宙よりも大きくなり、銀河も、彼も、飛び込んだ高台も、脱ぎ捨てた服も、すべてをまとめて飲み込んだ。彼には恐怖など微塵もなく、彼女に飲み込まれた。それは銀河の中のような感じだった。

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