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正夢

夢を見たのだが、覚えているのは夢を見たということだけで、それがどんな内容だったのかはちっとも覚えていない。悪い夢ではなかったような気がする。
夢はなんとなく引っ掛かって、昼になってもそれについて考えていた。信号が変わるのを待って立っている時、どうにかそれを思い出そうとしていると、ふと交差点の向かい側にいる女と目が合った。女はニッコリと微笑んだ。
信号が変わり、歩き出し、横断歩道の真ん中辺りで女とすれ違う。すれ違おうとしたのだが、女が立ち止まり、こちらをじっと見ているものだから、思わず立ち止まった。歩行者用の青がチカチカ点滅しだした。
「何か?」と尋ねる。
「私のこと、忘れちゃったの?」女は言った。
女に見覚えはなかった。「どこかでお会いしましたっけ?」と頭を掻きながら言った。
「ええ」女は頷く。「夢の中で」
「昨日の?」
「ええ、昨日の」女はまた頷いた。「正夢だったのね」
クラクションに急かされた。
女が言うには夢で見た通りことが進んでいっていると言う。女の案内で歩いくと、女が言うことが本当であることがわかった。
「あの角から犬が出て来るわ」
汚ならしい野良犬が小走りに角から姿を現した。
「あの自転車、車と衝突しそうになる」
甲高いブレーキ音がして、自転車は寸前のところで車を回避した。
「他には?」
女は黙っている。
「どうしたの?」
「この辺りで目が覚めちゃうのよ」
「どうなるんだ?」
と、いうところで目を覚ました。見慣れた我が家の天井、朝日が差し込んでいる。昨日、夢で見た通りの光景だ。
信号待ち、道路の向こう側に夢で出会った女の姿を見た。女は物思いに耽っている様子だ。目が合ったので微笑んで見せた。女は不思議そうな顔をした。信号はじきに青に変わるだろう。横断歩道を行き、女とすれ違おうという瞬間、言葉を交わす。こんな具合に。
「何ですか?」と女。
「忘れられちゃったか」
「どこかでお会いしましたっけ?」と女。
「夢の中で」
「昨日の?」
「ああ、昨日の」

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