見出し画像

規則

 毎朝、掲示板にはその日一日の規則が書かれる。チョークで、神経質な筆跡で。規則を守らないと酷い目にあうらしいので、皆それを確認する。知らなかったは許されない。自己責任だ。規則は知っておかなければならない。それは暗黙の規則らしい。
 朝の食堂は、その日の規則についての話題で持ちきりになる。
「今日の規則見たか?」
「もちろん。今日のはちょっと大変だな」
「ああ、気を引き締めていかないと」
 そして一日が始まる。誰もが規則をきちんと遵守しながら。規則を守らないと酷い目にあうらしいので、規則を守らないものはいない。なので、規則を破ったことで罰せられる者を誰も見たことがない。だから、規則を守らないと、本当に酷い目にあうのかを知っている者はいない。
 昼食を摂り、夕食を済ませ、あとは床に就くだけになっても、誰も油断しない。その日の規則は翌日の規則が掲示板に書き込まれるまで有効だからだ。眠っている間すら油断できない。
 そして、翌朝にはまた新しい規則が掲示板に書かれているのだ。
 ある時、ある男が呟いた。「規則を守らなければならないという規則はないんじゃないか?」確かに、規則の中に規則を守らなければならないという規則はなかった。
 それを聞いた者たちは言った。「でも、規則を守らなかったら罰せられるんだぜ」
「守らなくてもいいかもしれないものを守らなくて罰せられるなんておかしくないか?」男は別に酷い目にあうこともなく、無事にその日を過ごした。
 翌日の掲示板には、まず最初に『規則は守らなければならない』と記してあった。
「これで規則を守らなきゃならなくなったな」人々は男に言った。
 男は掲示板に近付くと、手のひらでそれを消した。
「なんてことを!」人々は男の所業に驚いた。「あんた、酷い目にあうぜ」
 男は肩をすくめた。「どこにも規則を消してはいけないなんて書いてない」この日も男は酷い目にはあわず、無事に一日過ごした。
 翌日の掲示板には『規則を消してはならない』と書かれていた。
 男はどこからかチョークを持って来て、それに書き足した。『それが正しい規則だったら』
 人々は男に尋ねた。「正しい規則ってなんだ?」
「さあね」男は肩をすくめた。「それはあんたらが考えてくれよ」
 人々は正しい規則とはなにかを考える前に、男の言ったことの意味を考えなければならなかった。人々にとって、規則は規則であり、それについて考えることなどできなかったからだ。
翌日、男は姿を現さなかった。きっと酷い目にあっているんだと人々は噂をし、掲示板に書かれた規則に従うことにした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?