さよならエレジー【オリジナルSS】

さよならエレジー

夏の気配が消えかけた涼しい真夜中、スタジオからの帰り道になっている公園を歩いていると揉めている男女の声がした。痴話喧嘩か、と最初はスルーしようとしたが、どうやら様子がおかしいので声の方へ近寄ると、そこにはいかにもガラの悪そうな男2人と、長い髪の女?が声を張り上げている。女は身体に合わないビッグサイズの半袖Tシャツに、これまたダボついたジーンズを履いていて、髪が長くなければ少年のようにも見えた。

「だから触るんじゃねぇ!」

「大人しく来いって!」

この現場に居合わせた自分を呪い、どうするか迷ったが、こういうのは放っておけないたちだ。

「おまわりさん!こっちです!」

精一杯の大声で叫ぶと、男2人は「くそっ!」と吐いて走り去って行った。周りを見回した女と目が合い、無視できず会釈をした。女は僕のそばにゆっくり歩いてきた。外灯に照らされた顔を見て思わず息を飲んだ、とんでもない美人だった。化粧気こそないが、人形みたいに整った顔立ちをしている。僕の中でなにか電撃のようなものが走るのがわかる。

「・・・警察は?」

「あー・・・嘘でした。大丈夫、ですか・・・?」

「そっか。いや、助かったよ。ありがとう。」

「いえ、えっと・・・帰れます?」

男たちが戻ってくるとも限らない。終電の時間も過ぎているし、警察に届ける雰囲気でもない。気まずい時間が流れるが、僕の動悸の理由はそれだけではないようだ。

「悪いんだけどさ、あんたんとこ、泊めてくれない?」

「へっ!?あ、いい、です、けど・・・。」

「まじで助かるー!床でも廊下でも寝れるから!」

「はぁ・・・。」

公園から僕の部屋までは徒歩3分の距離、どの質問もおかしい気がしてなにも話せない。女はたまに周りを気にしながら黙って僕のあとをついてきた。

「言っておきますけど、部屋汚いですからね。」

「もちろん気にしない。」

顔のそばで両手でOKサインを作り、女は笑った。
安アパートの六畳一間、しがない男のひとり暮らしだ。部屋はとっ散らかっているので、適当に床に落ちている服や雑誌や楽譜を拾い、場所を作る。女は玄関に立ったまま僕の様子をじっと見つめている、動悸はまだ収まらない。

「どうぞ。とりあえず適当に座って。」

女はなにも言わず靴を脱いで部屋に上がり、僕の近くに来たかと思うと体当たりするようにそのままキスされた。勢いで後ろのベッドに倒れこむ。一瞬なにが起きたかわからない、短いキスだった。

「・・・えぇ!?」

「お礼するよ。」

「いやっ、いい!そういうつもりじゃないから!」

女は驚いた顔をしているが、僕だって驚いている。映画や漫画じゃないんだから。

「ほんとに、いいから。」

自分の鼓動を静止させるように言うと、

「変わってるな。」

と言って笑った。

こうして彼女は僕と出会い、そのまま部屋に居着いた。名前は「ナツキ」、それ以外のことは聞かなかったし、教えられもしなかった。ナツキも僕のことには関心がないのか、なにも聞いてはこなかったが、唯一、僕のギターにだけは興味があるようだった。

「音楽やってんの?」

「うん、売れないシンガーソングライターってやつだけどね。」

「なんか弾いてよ、オリジナルとかないの?」

「あるけど・・・部屋じゃ声張れないからね。」

そう言ってギターを弾き、口ずさむ。恥ずかしくて歌ってる間はナツキの顔は見れなかったが、終わると小さく拍手をした。

「かっこいいじゃん。」

「ありがとう。今度のライブで初だしなんだ。」

「へぇ、いつやんの?」

「ちょうど2週間後だね。」

ナツキとの日々はこれまでの25年間にはない感情をもたらすものだった。特別な会話もないし、はじめてのキス以降はなにもしてこない。もちろん僕も手を出すなんて出来ず、惹かれている気持ちも伝えられないままでいた。ただ帰ってくるとナツキがいて、そばにいるだけで本当に幸せで、何度ベッド使いなよって言っても、それを拒み床でタオルケット一枚で丸まって寝る姿が愛おしくて、ずっとこの時間が続いてほしい、そう思ってしまっていた。

しかし、その思いを伝えられないまま、10日経ってナツキは消えた。帰ってくるといなかった。連絡先も聞いていない。出会いが唐突だった分、別れも唐突なのだと自分に言い聞かせ、探すこともしなかった。あれは夢だったのかも知れない、そんな風にすら思えた。
ライブに向けての練習は僕の憂鬱や寂しさを紛らわすにはちょうどよく、無我夢中でギターを弾いた。そうしてライブの当日を迎えた。僕にはギターしかないんだ、そんな気持ちで舞台に上がると、客席の一番後ろに目が行った。観客はそんなに多くないのもあるが、やっぱりナツキは目立つな、僕の欲目もあるのかな。なんでもいい。彼女に聴いてもらえるなら。

「新曲です。聴いてください。『さよならエレジー』。」

End.


【後書き】
THE  FIRST TAKEの石崎ひゅーい「さよならエレジー」を聴いて書きました。キーワードは「ギター」「愛が噛み付く」

朗読、声劇、演劇などお好きに使って頂いて構いません(使用先のリンク頂けると喜びの舞)

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