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塩は氷を融かすのか、作るのか(3)

 前の記事では、水に食塩が解けている場合に起こる凝固点降下によって、0℃では水が凍らなくなる為に路面の凍結防止剤として食塩が働くという説明をしました。そして、逆にジェラートが作れるような低温を食塩が作る方の話題に入り、凝固点が降下するからといって氷水がそれに付き合って自動的に温度を下げてくれる筈もない、というところを確認したところまで書きました。今回の記事は、その続きから実際に温度が下がる仕組みについて考えて観ます。

続・ジェラートを作る時の水と氷

 0℃の氷水に食塩が混ざると確かに食塩が解けて食塩水になった部分について凝固点は降下しますね。しかしそれは氷になる条件が変わったというだけのことですから、条件にあわせて氷水が自主的に温度を下げてくれるなどということは、起こりません。
 そうだとすると、氷水に食塩を投入すると温度が下がるという現実に起こっている現象は、間に何かの理屈がワンクッション挟まって、直接的にはそのワンクッションの理屈が原因で温度が下がったと考えるべきでしょうね(ツークッション以上かもしれませんがそこはひとからげにさせてください)。
 ここで考えるべきは、氷は固体であって、氷水に食塩を投入してもそれは水の部分にのみ溶け、水の部分を食塩水にするだけであるという点でしょうか。氷を構成するほうの水分子はがっちりと結晶構造を取りカッチカチなわけで、真水(真氷?)のままであることに注意する必要があります。
 もうひとつ、0℃の氷水の状態について前の記事でほんのちょっとだけ書いていますが、0℃の水と氷が、ミクロにランダムに氷になったり水になったりを繰り返している平衡状態であると説明しました。
 私たちがマクロの視点で見ると、撹拌された状態であるとは言え、氷水の氷は氷であり、水は水であり、ざっくり混ざってはいるものの、両者が入れ替わったり状態が行ったり来たりしている様には見えません。しかし、凝固点という物理状態的になんでもありの温度では、実際のところ水分子のミクロな挙動は複雑なもので(筆者ごときが触れるのも、専門性の観点から本来は避けたいところですが)、水と氷をいったり来たりすることについて、そしてもっと言うと量子力学的効果がありますから、どの分子がいつどこに存在しているかなんてのもまったく個別の識別はかなわず、故にマクロに見ていると当然の、氷水のこの辺は氷この辺は水、といった分布や状態の違いは、ミクロ視点ではなかなか確実に見極めることが難しいものです。
 そうすると話を戻して、何が起こっているかと言いますと、0℃の液体の水と0℃の個体の氷の状態間を水分子が行ったり来たりしている状況で、液体の水だけ食塩投入で食塩水になってしまうという、大きな環境変化がおこるわけです。
 すると次に何がおこるのかと言いますと、さっきまで凍っていた水分子がランダムな水と氷の間の入れ替わりの過程で水の状態になる、これは問題なく起こります。しかし、逆に液体の水の状態の水分子が氷の状態に変化することは難しくなります。食塩が投入されて溶けていて凝固点が降下していますから、0℃では凍らなくなっているからです。前の記事で触れたとおりです。すなわち、食塩が投入された氷水では、氷から水への分子の変化だけが卓越して起こり、水から氷への変化は起こりずらくなる、氷が溶ける一方通行の状態になるわけです。ここまでの理屈による温度変化は無く、0℃のままです。
 すると、0℃の水がどんどん増えててゆき、氷がどんどんへるわけですね。分子の数的意味での氷水全体の総量は変わっていません。その様な場合、単に0℃の氷水が0℃の水だけの状態に変化する、それでおしまいかなと思えますが、実はもう少し広い範囲について考察してみると、追加して考えに含めなければならない事情の存在に気づくことになります。
 実際の所、0℃の氷と0℃の水では、温度は同じですが、内部に持つエネルギーの総量は水の方が氷よりも多いのですね。実はそういう違いがあったりします。
 水は液体ですから、水分子同士は互いに弱く束縛しつつも自由に動き回る、運動エネルギー的なエネルギーを内部にもった状態です。それに対して氷になっている水は、結晶構造を取って固まって鎮座している状態ですから、温度が同じ0℃であっても、内部に持っている運動エネルギー的なエネルギーが水と比較して少ないと見ていいわけです。要するに、水の方が内部に持つエネルギーが氷の時よりも多く必要なので、氷が水に変化する際にはなんとか内部の運動エネルギー的なエネルギーを外から調達しないと、氷から水に変化できないのですよ。
 故に、食塩による凝固点降下により同じ温度0℃のままで氷が溶けて水になる一方になると、氷から水に変化した分新たに足りなくなる内部のエネルギーを、新しく周囲から熱エネルギーを奪うことで補填します。となれば、必然的に周囲の温度は下がりますね、熱エネルギーが奪われるんですから。
 ここで重要なのは、「『周囲の温度は』下がります」ですかね。
 この場合の「周囲」は氷水に食塩を入れた器の外の周辺であるとか、そういった人の見た目のマクロスケールでの周囲ではなくて(最終的にはマクロスケールで冷えますけれど、素過程としては)、分子や分子がまとまった様なスケールでの小さな「周囲」、なわけです。これはなかなか描像が難しいかもしれません。
 実際の氷水は、ある部分は氷、ある部分は水、食塩の濃さもいたるところで異なる、マクロでの水と氷は撹拌されてがちゃがちゃに混ざっている、様々な条件が複雑に混在しています。ですからどこが熱を奪い奪われるのか、正確な把握は難しいと思います。ミクロには熱を奪い奪われ細かくて複雑な構造ができあがり、氷水全体としても結局は冷えてマクロスケールでの周囲から最終的に熱を奪った結果が、現実に起こるジェラートが作れるような温度低下というわけです。
 氷水は食塩の投入により確かに溶けて水になる、氷が溶けて水になる現象が実は熱を奪う現象でありそれで周囲を冷やしている、一見相反する凍結防止剤の働きとジェラートができる低温を作る働きはこんな感じで、氷を無理やり融かすという単一の現象による効果の表裏一体と説明できそうです。
 字数が想定を超えてきましたので、次の記事に続きます。


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