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漫画原作用小説「オモテもウラもスキのうち」3話


「おっはーゆづぽん」
「結月おはよ……ってあれ、あれあれあれ?」

 一緒に登校してきた塩田くんと教室に入ると、高校に入って友達になったるっこと萌が駆け寄ってくる。
 教室にいたみんなからもどよめいたような声が聞こえた。

「二人一緒に登校して来たんだ?」
「う、うん」

 萌の質問に素直に頷く。
 覗き込む顔が近い。ガン開きの目が怖い。
 すると更に質問が返ってきた。

「なんか空気、いつもと違くない?」
「空気?」
「それ言うなら雰囲気っしょ」

 単語を繰り返す私に、チュッパチャプスを舐めながら、訂正するかのように萌の声にるっこが被せた。

「俺ら付き合ったから」
「っ⁉︎」

 塩田くんの一言に私は驚いて彼のほうを見上げる。
 同時に教室で一部始終を見ていたクラスメイトの黄色い声が響き渡って更にびっくりしてしまった。中には抱きしめ合ってる人や踊り出す人までいる。

「うるさいんだけど」

 そう塩を振りまいて塩田くんは気にせず自分の席に向かった。
 すごい……付き合っていることをクラスメイトに報告して動揺せずに平然と保てるなんて……
(※流星自身は保てておりませんが結月にはそう見えています)

 ごちゃごちゃしたクラスの光景を見たるっこが、「カオス〜……」と呟く。

「結月、まさか変なことされてないよね⁉︎」
「えっ、さ、されるわけないよ!」

 突然萌に肩を掴まれすごい剣幕での問いかけに、即座に否定する。
 なんならそういうことを考えてしまうのはどちらかというと私の方で。
 絵に描いてる妄想のように、変なことをないか心配だ……。

「それに付き合うって言っても、好かれてるわけじゃないから……」

 二人にだけ聞こえるように小さくそう言った。

「はあ? 何それどういうこと⁉︎」
「あっ、萌声がでかい……」

 思わず人差し指を口元にあてる。

「詳しいことはまた昼休みに話すから。ね?」

 萌の顔はなんだか納得のいかないような腑に落ちない表情ながらも「仕方ない」と言ってくれた。

 そして昼休み。
 人のいない裏庭で、昼食を取りながら昨日の出来事を大まかに話す。

「──そういうわけで、例え塩田くんに好かれてなくても、私は付き合えて嬉しいんだ。だってやっと一歩前進できたもん」

 二人は私が塩田くんを好きだということを知っている。ただ萌は素っ気なく見える塩田くんのことを多少目の敵にするところがあった。

「でもそれってある意味利用されてるってことじゃん。酷くない? 体よく女に告られたら彼女いるからって断れる道具みたいにして、結月の気持ち弄んでる」
「塩田くんは私の気持ち知らない……塩田くん、あんなだけど優しいよ」
「どこが。態度悪いし性格も悪いしスカしてるし、結月優しいの意味知ってる? 裏では嫌いな奴の悪口わんさか言ってるタイプだって」
「萌はしおたんに辛辣すぎぃ。しかもそれ、しおたんのこと好きなゆづぽんにもしつれーだよ」

 るっこの呼ぶ'しおたん'とは、塩田くんのあだ名だ。るっこ独特の呼び名はオリジナル性が感じられ、なんだか美味しそうだなとも思う。
 
「だって、違うじゃん……結月にはもっとさあ、守ってくれるような王子様みたいな男じゃないと……」

 萌は徐々に体が縮こまっていく。言いすぎたと思ったのか、視線も下がってしまった。
 萌はただ、私のことを心配してくれてるだけだよね……

「そういえば塩田くんを好きになった時のこと、話してなかったよね?」
「え……顔じゃないの?」
「……顔だと思われてたのか」
「だって顔だけはいいじゃん」

 顔ももちろん好きだけど。でもそれだけじゃない。

「私ね、中学に入学してしばらくして生理が始まったんだけど、まだ生理痛に慣れなくて薬を飲むタイミングもわからない頃ね、体育の授業の時にだんだん痛くなってきちゃって……」

(回想)
 体育は無事終えられたけど、流石に痛みの限界が来て、所持していた薬を飲んで誰も来ないような物陰でうずくまっていた。お腹が石で押し潰されるかのように重く、頭もボーッとする。友達には具合が悪いから保健室に行くと言ったけど、こんな理由で保健室に行くのも気恥ずかしくて、痛みがおさまるのをただじっと待っていた。
 そんな時に人の気配がして、声をかけてくれたのが塩田流星くんだった。

『……どした?』

 顔を腕の中に埋めていたから、塩田くんはもしかしたら私が泣いていると思ったのかもしれない。

『まさか具合悪い? せんせー呼ぶ?』

 少し焦るような声が聞こえた。
 近くに気配を感じて一瞬顔を上げれば、彼はそっぽを向く。しかし痛みに耐えられず、また力なく私はうずくまった。

『お腹が痛くて、……でも今薬飲んだから、大丈夫です……』

 塩田くんとそれまで話したことがなかったので一応敬語を使う。

『腹下したか……弟もたまになる』

 なぜかお腹を壊したと勘違いされて、違うと言いたかったけどそんな体力もなく、もうそういうことでいいやと諦めた。というより、むしろどこかに行ってほしかった。体が重くて、言葉を返すのもしんどくて。

 しんどい、辛い、苦しい。
 まるで漏らしてるみたいで気持ち悪いし……毎月こんな目に合わなくてはいけないのかと思っていたその時。

『っ⁉︎』
『そういう時は腹の後ろ、さするといい』

 背中に優しい感触が伝わって驚いた。塩田くんの手が、私の背中をさすってくれていたのだ。

『…………』

 それがあまりに優しくて暖かくて、痛みが少しずつ和らいでいく感覚があった。
 生理中に男の子に背中をさすってもらうなんて、恥ずかしいにも程があるけど、塩田くんの手がお腹の後ろをさすってくれるだけでなぜだか安心できた。
 手の感触になんの下心も感じない。ただ心配している、という気持ちだけが手から伝わる。

『……わる、いっ! つい弟と同じようにしちまって……』

 突然、自分のやったことに動揺したのか勢いよく私から体を離し、彼は背中を向けてしまった。

『ううん……だいぶ楽になった気がする……背中さすってくれて、ありがとう』
『あっ、そ……じゃ、じゃあ俺行くかんなっ』

 こちらを見ないままぶっきらぼうにそう言って、まるで逃げるように駆け出したその背中に、私はもう恋に落ちていた。吊り橋効果なんてよく言ったものだけど、その気持ちは正真正銘本物だった。

「塩田くんは、たぶんみんなが思ってるより優しい人だよ」

 話し終えるとるっこは「ほえ〜そんなことがねえ」と、食後のチュッパチャプスを舐めている。

「女子の体に許可なく触るのは無神経……」

 萌はまだ少し納得いかないという顔をしていた。が……

「でも、……性格悪いって言ったことは訂正する。
ごめん」
「!……ふふっ、ううん」

 どうやら塩田くんへの印象も変わったみたいだった。




 放課後、昨日と同じく日直の私はわざと日誌を書くことをしなかったため、本日分のページは空白になっていた。塩田くんと一緒に書きたかったからである。
 早速二人で向かい合わせに座り、今日の授業を思い出しながら思いつくところをお互いに書いていた時だった。

「なあお前ら話違うじゃん」
「……!」

 で、出たなっ、小西!
 再び私達の教室を覗くのは隣のクラスの小西くんだ。

「付き合ってないっつったから周りにもそう言ったのに、俺嘘つき呼ばわりされてんだけど」
「昨日付き合ったんだよ」

 塩田くんがめんどくさげに返事する。

「昨日の今日で? おかしくね? まさか付き合ってるフリってことないよな?」
「っ!」

 無駄に勘が鋭いな小西よ……
 私は塩田くんのことが好きだけど、塩田くんに好かれてるわけじゃない。一方的な片想い。それは付き合っているフリと同じなのかもしれない。

「佐藤のほうは? 塩田のこと好きだったん?」
「……も、もちろん」

 小西くんにそう聞かれ、コクッと頷く。
 ただここでバレてしまえばせっかくの塩田くんとのお付き合いも終了してしまう。
 一日で終了なんて、何がなんでも食い止めなければっ!

「だってほら、こんなこともできるもんっ」
「?」

 塩田くんと向かい合わせに座っていた私は、イスからガタッと立ち上がり彼の近くまで来る。そして不思議そうに見上げる塩田くんの頭部を掴む。

「っ……⁉︎⁉︎」

 その瞬間、焦りと暑さで汗ばんでいた自分の胸の中に彼の頭を押し込め、ぎゅうっと抱きしめた。咄嗟だった。

「そか。好きで付き合ってんなら別にいいけど。まあ仲良くな〜」

 小西くんはそう手を振り帰って行ってしまった。
 軽い……さっきの鋭い追求はなんだったんだ一体……

 気づけば胸の中に温かい感触と息遣いを感じて、パッと急いで腕を離す。
 力一杯抱きしめたので塩田くんを私の胸で窒息死させることになりかねなかった。

「ご、ごめん塩田くんっ、だいじょう…………⁉︎」

 ドクン、と心臓が大きく高鳴った。
 その表情に驚いて目を見開く。

 うそ……顔が、真っ赤っかだ…………
 昨日一瞬だけ見えた赤面顔が今、より濃く、より近くにある。
 な、な、何その顔〜〜っ! ダメだよ塩田くん、私の前でそんな顔しちゃ。
 撫でたい、触りたい……塩田くんの全部、触れたい。

「っ……」

 何も言わずに目線を逸らして誤魔化そうとするところまで可愛い。
 我慢できない私の手が、彼の両頬を挟んでこちらを向かせてしまう。

「……⁉︎」
「塩田くん、照れてる?」
「んなっ、やめ……」
「可愛い」
「っ⁉︎」

 私は理性が抑えられず、その赤いほっぺに、自分の唇を当てていたのだった。────



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