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DX白書2021が指し示すVUCAな現代とアジャイルな未来

DX白書2021』で明らかにされた日米ギャップの大きさは、テック企業でソフトウェアプロダクト開発に身を投じる私にとっても、深いため息の出る、決して他人事ではない厳しい現実でした。これほどまでに日本の現状は遅れ、時代の変化から取り残されているのか、と。それを最も感じたのは、p.45「図表23−9 アジャイルの原則とアプローチ」でした。

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このグラフは、「アジャイルの原則とアプローチを組織のガバナンスに取り入れているか」に対する回答を部門単位で集計した結果です。

ご覧の通り米国では、いずれの部門も「取り入れていない」が 14% を下回っています。DXで日本の数年先を行く米国企業の現状を見るに、アジャイルはもはや、ソフトウェアエンジニア領域に閉じたものではなく、全社的な原則・アプローチなのです

残念ながら日本では、いずれの部門も「取り入れていない」が 50% を超える状況です。たとえ、アジャイルの原則とアプローチを取り入れてソフトウェアプロダクト開発を推進させるテック企業であったとしても、日本でのそれは、ソフトウェアエンジニアリング領域に限定した状況だというケースも多いのではないでしょうか。ソフトウェアエンジニアリング以外の領域との間にはまだまだ大きな溝があり、そこで働くエンジニアはそのコンテキストギャップに苦しめられる。現場ではアジャイルで開発しているにもかかわらず、まるでウォーターフォールを前提としているかのような計画策定や進捗報告を求められるといった非対称性は、単なる笑い話ではありません。これでは、組織が一体となり、高いアジリティとスピード感をもってビジネスを推進することは難しいでしょう。

p.213「図表41−17 ITシステムの開発手法・技術の活用状況」でも、その傾向は見て取れます。

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顧客に新しい価値提供を実現するための手法である「デザイン思考」「アジャイル開発」「DevOps」の活用状況を見ると、日本は米国と比べて軒並み低い。

DX白書2021では、企業がデータとデジタル技術を活用して競争優位性を獲得するために、アジャイルの重要性が述べられています。その背景は、ビジネスを取り巻く環境の変化が激しく、予測困難な時代に突入したからでしょう。

2016年1月の世界経済フォーラムによるダボス会議で、現代は「VUCAワールド」であると表現されました。「VUCA(ブーカ)」とは、「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字によるアナクロニムで、「VUCAワールド」とはまさに、世界が予測困難な状況にあることを表現する言葉です。

このような世界にあっては、企業にとっても顧客や社会の課題に対し、どのような提案が真の価値となるのか予測困難です。いくら時間をかけて分析しても、正しい答えに辿り着く保証はありません。

クネビンフレームワーク(Cynefin framework)では、このような複雑(Complex)な状況において必要となるプロセスは、専門的な分析ではなく、「探索 - 把握 - 対応(probe - sense - respond)」に基づく意思決定だと定義しています。これは、仮説に基づいた実験を繰り返す、アジャイル的なアプローチそのものです。

そのため、企業にとっては、スモールスタートかつデータドリブンで仮説検証を繰り返すというサイクルを回し続けることの必要性・重要性が増しますそれが、経営・ビジネスのアジリティを左右する重要な要因になるからです

この「アジリティ」という観点でみても、日本はまだまだ意識が低いと言わざるを得ません。p.56「図表24−10 ITシステムに求める機能の重要度」では、アジリティを実現するための「小さなサービスから始め、価値を確かめながら拡張していくことができる」が「重要である」と回答した日本企業はわずか 17.2% にすぎず、まだまだ重要度の認識が低い。米国の 34.7% とは大きな開きがあります。

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さらに、p.68「図表25−1 顧客への価値提供などの成果評価の頻度」での日本の状況は、いずれの指標も成果評価の頻度を問う以前に、そもそも「評価対象外」が圧倒的です。「従業員の勤務時間の短縮」「コストの軽減率」というコストに関する指標は月次レベルで評価しているようではありますが、それはそれで消極的な印象を受けてしまいます。

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ここで挙げられている指標は、顧客への価値提供の羅針盤のようなものです。その数字の変化を追いかけることで、顧客に正しく価値が提供できているかどうかを把握し、その結果にもとづいた軌道修正を可能にします。つまり、ビジネスのアジリティを高めます

顧客への価値提供の成果に重きを置くという点で必要となるのが、「顧客志向」「業績志向」というマインドセットではないでしょうか。p.91「図表31−1 企業変革を推進するためのリーダーにあるべきマインドおよびスキル」をみると、米国では「顧客志向(49.3%)」「業績志向(40.9%)」が高いことがうかがえます。

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日本では「リーダーシップ(50.6%)」や「実行力(48.9%)」「コミュニケーション能力(43.8%)」が非常に高い。企業内部をうまく動かす調整型のスキルを持った人物が好まれるということでしょうか。

リーダー像に対するこの日米差は、組織内の人々が「どこを向いて働いているのか」に強く影響している気がしてなりません。米国のリーダー像は言うまでもなく顧客価値や事業価値に向いています。しかし、日本のそれは、社内事情にばかり目が向いているのではないか、と。

p.24「図表21−3 DXの取組時期」にあるように、DXに関する日本での取り組み時期で最も高い割合は「2020年(31.7%)」です。米国では「2016年以前(53.4%)」が最も高い割合となっており、米国が日本に先行している実態がうかがえます。日本企業も今後徐々に、米国企業にみられるような、顧客への価値提供に集中した、アジャイルな組織に変わっていくのかもしれません

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ソフトウェアエンジニアリング領域では、アジャイル開発とDevOpsにもとづくソフトウェアデリバリのケイパビリティ(能力、機能)が、「収益性」「市場占有率」「生産性」の点で組織に競争上の優位性をもたらすことが、DORA(DevOps Research and Assessment)の調査によって明らかになっています。しかし、DX白書2021で示された米国の現状は、ソフトウェアエンジニアリング領域にとどまらず、組織のガバナンスとして「アジャイルの原則とアプローチ」を浸透させていくことが肝要だと強く感じさせるものでした。

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