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コメディか純文学か|『バーナード嬢曰く。』(施川ユウキ)【読書備忘録】

【タイトル】バーナード嬢曰く。(1~6巻)
【媒体/ジャンル】漫画/コメディ・ヒューマンドラマ
【作者】施川ユウキ
【感想(あらすじ含む)】

本をなるべく読まずに楽して読書家に見られたい女子高「バーナード嬢」こと「町田さわこ」と、SF大好きな読書オタク「神林しおり」の2人を中心に織りなされるコメディ漫画。

主人公(?)町田さわこは、元来読書家とは縁遠い存在で、活字の本を読むのは苦手。しかし「読書家はカッコイイ」というイメージを持ち、なんとかして読書家に見られようと穿った方向性の努力を重ねてきました。
しかし、そんな読書を馬鹿にしたような姿勢が気に入らない筋金入りの読書家、神林しおりが町田さわこに殴りかかるところから物語は始まります。
一見水と油のような2人ですが、話が進むにつれてお互いのことを理解し、友人として良好な関係を築いていきます。文学や読書を通じてコメディな日々を送るという物語です。

未読勢にも伝わる、それぞれの「読書観」

本作の特徴は何と言っても絶妙な切り口から展開される「読書観」「読書哲学」「読書あるある」です。
先程の2人に加えて計4人の読書好きが登場するのですが、この4人は全員読書傾向が異なります。
この、感性や趣味が異なる4人の視点から語られる思想が面白い。作品について語る際は、その作品のあらすじを紹介した上で「それぞれの感想」を共有してくれるので、未読の作品であっても非常に分かりやすいです。

『バーナード嬢曰く。』の概要だけ聞くと「読書家しか楽しめないのでは?」と思われそうですが、「それなりに本が好き」程度でもめちゃくちゃ楽しめると思います。(「本に1mmも興味ない」という人は流石に面白くないかも……)

自分も読書家じゃないですし、本編に出てくる作品の半分も読んでませんが、毎回面白く読めています。

ちなみにこの言い回しは「一冊も読んでいなくても『リストの半分も読んでいない』という表現は成立する」という町田さわこの読書家風テクニックです。

さて、百聞は一見に如かずということで、作中の台詞を1つ紹介します。
筋金入りのSFオタク神林が「タイトル改変」について語るシーン。マニアの良い所と悪い所全開の早口語りが炸裂します。

※ほぼ1コマの台詞です。

それ元のタイトル『あるいは牡蠣でいっぱいの海』だから! 数年前に出た短編集に新約で収録された時改題されたんだ。
筒井康隆の『あるいは酒でいっぱいの海』はコレが元ネタになってるんだからね。ファンにはなじみ深いのに今更なぜ変える!ニュアンスが原文と違う?うるせえバカ!SFはしょっちゅう絶版になるんだけど復刊したと思ったら表紙がダサくなったり あっ ディックの真っ黒い表紙はイイよ買い直した ウフッ!……でタイトルが微妙に違ってたりガッカリなこともたまにあるんだよ。スタージョンの『死ね、名演奏家、死ね』は『マエストロを殺せ』なんていう味も素っ気もないタイトルに変えられたこともあったし、ヴォネガットの『スローターハウス5』は昔『屠殺場5号』だったんだ。日本語の方がわかりやすくてよくね? あとジュール・ヴェルヌの『海底二万里』!『海底二万海里』だったり『海底2万マイル』だったり『海底二万リーグ』だったり…えーとまあこれはどうでもいいや アハハ!

バーナード嬢曰く。(1)|施川ユウキ(REXコミックス)

これに共感できたら、もしくは面白味を感じたら……間違いなく全巻楽しく読めると思います。
自分は心底共感しました。改題や邦訳は波紋呼びますよね。個人的にも、ここで挙げられている作品は改題前の方が圧倒的にセンス良いと思います。
あとディックの黒い表紙カッコイイよね……!!

文学的な感情の機微がエモい

基本的にはコメディ路線ですが、物語の要所で「文学的な感情の機微」が表現されています。
これが非常に純文学味を感じてエモい。最高です。
自分が特に好きな回があるので、1つだけ紹介します。

『かいけつゾロリ』の思い出を語る回。懐かしの作品トークに花を咲かせている折、『かいけつゾロリのめいたんていとうじょう』を手に取った町田さわこは目を丸くします。
様子がおかしいことを見かねた神林が事情を聞くと、「小学生の時、図書室にあるゾロリの裏表紙がどうしても見たくてブッカー(本のラベル)をこっそり剥がしたことがある」と告白し、次のように続けました。

当然上手く剥がせないから見返し部分とか破れちゃって
でも後戻りもできず…半泣きでなんとかカバーをめくれるまでフィルムを剥がしきったんだ。
でも 見なかった。
カバーの下 あんなに見たかったのに 見れなかった。
見なければ 罪が軽くなると思ったんだ。

バーナード嬢曰く。(6)|施川ユウキ(REXコミックス)

そして、怖くなった町田さわこは「無かったことにしよう」とそのまま本を棚に戻し、その場をやり過ごしました。その本が『めんたんていとうじょう』で、今回の話で記憶が蘇ったのだと言います。
当時「無かったことにしよう」とした記憶は「本当に無かったこと」になり、記憶から消え去っていたことにショックを受ける町田さわこ。
当時の行動を後悔すると共に、自分という人間を見つめ直します。

この「見なければ 罪が軽くなると思ったんだ」という台詞が非常に純文学的だと感じました。読む人の過去によってはめちゃくちゃ刺さるんじゃないかな……自分は刺さりました。
小学生特有の「悪」に対する純粋な感情、捉え方を上手く表現しているなと。

ちなみにこの話のラストでは、図書委員の子にお願いして『めんたんていとうじょう』に自分でブッカーを掛けさせてもらいます。
その様子を神林が優しく見守るという終わり方も非常にエモい。

と、こんな感じで「読書あるあるコメディ」「純文学味のあるヒューマンドラマ」といった要素が含まれている漫画になります。
また、神林は(おそらく)友人が少ないので、対人折衝があまり上手ではなく、純粋で自由な町田さわこの振る舞いに度々ドギマギしています。
つまり「百合漫画」成分も相当強いです。神林の過剰反応が微笑ましい。

ちなみに、新刊である『バーナード嬢曰く。』7巻は1月26日に発売予定。
気になった人は買ってみてね!(ダイマ)

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