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圧倒的描写力に殺される|『愛されなくても別に』(武田綾乃)【読書備忘録】

【タイトル】愛されなくても別に
【媒体/ジャンル】小説/ヒューマンドラマ
【作者】武田綾乃
【感想(あらすじ含む・ネタバレ極力なし)】

個人的に武田綾乃先生の作品が大好きで。
というのも、武田先生は視覚、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の描写や感情・風景描写が丁寧で、登場人物たちの感じていることがダイレクトに伝わってくるんです。まるで自分もその場にいて、同じ感覚を共有されているような気分になります。

さて、今回の作品は、毒親を持つ女子大生の主人公と、同じく毒親を持つ友人が織りなすヒューマンドラマです。
例によって卓越した描写力を発揮し、毒親と子のリアルなやり取りが描かれています。
自分は途中何度も吐き気に襲われ、読むのを断念しかけました。

小説って、凄惨な描写から目を逸らすことが出来ないんです。1文字1文字を目で追わないとストーリーが進まないので、読むしかないんです。しかもそれを脳内で再現するのは自分なので、他媒体よりダメージが大きく、しんどい。

主人公はシングルマザーの母親と2人暮らしで大学に通っているのですが、基本的に身の回りの世話は主人公が行っています。
にも関わらず母親は主人公に文句ばかりで、お金にも人間関係にもだらしなく、周囲に迷惑を掛ける存在。

当然、親からお金の援助を受けられるわけもなく、主人公は奨学金を借りて大学に通っています。ただし、あくまで保険として借りているだけで、ビタ一文手は付けていません。自分がバイトをして稼いだお金で、頑張って大学に通っているわけです。しかも毎月8万円ほど家に納めつつ……立派すぎる。

主人公は傍目から見たらしっかりしてる子なので、「酷い生活をしている感」が周囲に伝わりづらいというのが絶妙な設定。暴力を受けたりボロボロの服を着たりしているわけではないので、より私たちの「日常」に近く、共感できる部分があると思います。

そんな中で母親は主人公に対して様々な仕打ちを繰り返し、お互いの感情の揺れ動きや似た境遇を持つ人物の登場などによって物語が展開していく、という内容です。

で……ここが苦悶ポイントなんですけど。
主人公は、母親が自分に酷いことをしているのは分かってるんです。こんなの普通じゃないことも理解してるんです。
でも主人公は、母親のことを完全に見放すことは出来ないし、完全に嫌いになることも出来ない。
それはなぜか。幼い頃、優しくしてくれたこともあったからです。
100回の嫌なことがあっても、1回の嬉しかったことをずっとずっと覚えていて、それをよすがにしているんです。
これ、毒親モノのお話でよくあるんですよね……「血の繋がり」による愛情や信頼がそうさせるのか……

「数少ない良い思い出をずっと大切にしていて、毒親を見限ることが出来ない」という感情がめちゃくちゃ切なくて、苦しすぎる。
「子から親への愛情こそ、無償の愛である」という言葉があるそうですが、まさにその通りという序盤の展開でした。

で、こんな境遇がまるで本人事のように伝わってくるんです。武田先生の描写力によって。たまったものではありません(褒めてます)。

ちなみに、この物語にはもう2人の毒親が出てきます。これが三者三様で面白い。子どもを不幸にする親のレパートリーは決して1つじゃないんだと思わされます。

念のため弁解すると、この本はめちゃくちゃ面白いです。今まで説明した凄惨さは「面白さ」に含まれる要素のひとつです。
ただ、読む人の過去によっては体調不良を覚悟してください。


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