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哲学、ここだけの話(都市と神秘主義)

よくニュースなどで「市民運動」という言葉が使われます。皆さん、何気なく聞いているようですが、その意味をご存じの方はどれだけいるでしょうか。

私は、エックハルトという、中世ヨーロッパの思想家を扱ってきたので、その時代背景であるヨーロッパ中世についてもいくらか知識があります。エックハルトの場合、特に、その当時、ライン川流域で拡大していた異端運動との関係が問題になるのですが、この異端運動そのものが、都市というものと深く結びついているのです。つまりエックハルトという思想家と都市というトピックは切っても切り離せない。

歴史が好きだという人でも、ヨーロッパの中世史に興味があると言う人は多くありません。しかし私たちが「近代」と呼ぶ時代は、中世が準備したものであり、近代の萌芽は間違いなく中世にあります。特に「都市の成立」というトピックは、そのままただちに「市民」「市民権」の成立を意味するのです。つまり私たちが今日、市民権という言葉で語るものは、近代の産物ではなく、後期中世の産物である。

ヨーロッパ中世というと、たいていの人は、封建社会でしょ、と思うでしょう。しかし封建社会というものは、その土台がそもそも封土にあり、そういう意味で、土地、つまり農地を介在して成立します。他方、都市は、そうした農業を核とする社会ではありません。むしろ都市は、そういった封建的なシステムからの解放をもたらす場所なのです(ドイツ語で「都市の空気は自由にする」というのは、そういう意味です)。そこでは、次第次第にお金がすべてを動かすものとなって、それまでの階級社会を揺さぶります。領主や司教といった人の庇護を受けていた商人たちが、次第に、その庇護を必要としなくなり、自分たちの権利を拡大していくのです。こうして富が集積された都市は、自治権を拡大していきます。その結果、そこに住む人々も、農村を縛っていた封建的なシステムとは異なったルールを作るようになる。都市は、市壁に囲まれることで、目に見える形で独立空間となりますが、それは、そこに住む人々を、特別な存在にします。封建的なシステムから解放されて、都市のルールに属するものとなる(むろん、そこには様々な制約があり、現代人が手に入れたような自由のすべてがあるわけではありません)。これが、市民権の誕生なのです。

そういった自由な空気が社会全体に広がっていったのが、後期中世という時代です。エックハルトは、「神からの自由」といったことを語り、その結果、その文言が異端として裁かれることになるのですが、そういった自由意識が、その時代と連動していることは間違いありません。

エックハルトの属したドミニコ会は、当時の新興修道会でしたが、その成立当初から、托鉢という形で自らの生計を立てていました。つまり必要以上の財を持たない、「お金にきたなくない」修道会だったのです(同様の修道会に、あのフランシスコが作ったフランシスコ会があります)。お金にきたなくないからこそ、それは都市に多く設立されました。それは都市型の修道会なのです。

こう考えてくると、エックハルトの思想が、都市型の思想であることが分かります。彼は、欲望への執着を否定しますし、都市の喧噪などとはまるで無縁な印象を抱かせます。しかしそうではない。彼は、富というものが社会を大きく変えた時代、環境を生きたのです。

中世において都市型経済というものが初めて市民的自由を生み出したという事実は、世界史的に見ても極めて重要ですが、日本の歴史教育ではほとんど語られないようです。私は「思想の近代化」ということを語る時、必ずこうした中世都市の成立から話を始めるのですが、ほとんどの学生は初耳だと言います。つまり歴史の授業では習わない。

富の集積とその結果としての都市の成立は、エックハルトにとって決定的に重要ですが、このこと自体が主題化されたことはないようです。「思想と経済」というテーマそのものが、哲学研究ではあまり論じられないからでしょう。

先進国の中でもとりわけ急速に貧困化が進むこの国で哲学研究が不人気なのは、哲学そのものが実は経済の影響を直に受けるものだからなのです。

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