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9月に読んだ小説

もうすぐ9月も終わりますね。2021年度の前半終了。

未来のことを考えると意味もなくモヤモヤしたりもするけれど、読んだ小説や見たアニメを思い返せば、少し前向きな気持ちになれます。フィクションにはそういう無比の力がありますよね。


ちょっと気が早いですが、2021年9月に読んだ小説です。

なかなか多彩なラインナップになりました。


シャトゥーン ヒグマの森(増田俊也)

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巨大ヒグマによる食害事件。身の毛がよだつとはこのことですが、クマの恐怖を扱った作品をちょこちょこ見かけます。

本作もその一つ。映画「ジョーズ」にも似たシンプルなアニマルパニックホラーで、2006年の「このミステリーがすごい!」大賞の優秀賞を獲得した作品でもあります。

冬の北海道。森の奥のコテージに取り残された男女が、次々とヒグマに襲われ食われていく。その描写はあまりに凄惨。残忍な殺人鬼でさえ、こうはいかない。細かな設定や登場人物の言動にツッコミどころが多々あるおかげで、全体にかえってコメディ調のようにさえ思えてくる。

餌だと思って食べてるだけ。こういうの割と好きです。



メインテーマは殺人(アンソニー・ホロヴィッツ)

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以前読んだ『カササギ殺人事件』に続いてのアンソニー・ホロヴィッツ。書き手のホロヴィッツ自身が劇中に登場し、ワトソン役と語り手をこなす趣向。

ある日葬儀屋に現れたお金持ちの老婦人。自分の葬儀の段取りを細かく指示する彼女であったが、その数時間後、自宅で絞殺されてしまう。捜査に乗り出すのはホロヴィッツの友人(?)で、元警察官というホーソーン。嫌味たっぷりのホーソーンだが、推理の腕はどうやら達者なようで……

事件そのものはやや凡庸な印象でしたが、本作の魅力はそこではないでしょう。第1章から張り巡らされる緻密な伏線と論理。人間ドラマよりも、あくまでパズル要素を楽しむべし。

次作『その裁きは死』も手に入れましたので、来月も読ませてもらいます、ホロヴィッツ。



殉教カテリナ車輪(飛鳥部勝則)

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初めて読む作家さん。第9回(1998年)の鮎川哲也賞受賞となった本作でデビューとのことで、結構古い方ですね。

主に西洋の宗教絵画において、絵に描かれたモチーフから、そこに込められたメッセージを読み取ろうと試みる学問がありますが、本作は、その図像学(イコノグラフィ)とミステリーを組み合わせた作品。

数年の間に数百の絵を描き上げ、その後自殺した無名の画家。彼に興味を持った美術館の学芸員が、かつて冬の山荘で起きた殺人事件に関する画家の手記を読む、といった筋立て。

「微に入り細を穿つ」ような作品。カラーで綴じられているのは、作者自身が描いたと思われる絵。不気味で大変けっこう。語り口も穏やかで読みやすい。



送り火(高橋弘希)

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暴力的なラストと聞いて、下世話な興味が湧いたので読んでみた本作(余談ですが従来の「下世話」に下品な、下卑た、低レベルな、俗悪な、といった意味はないらしい)。第159回(2018年度上半期)芥川賞受賞作。

目の前の風景、情景の描写が素晴らしい。とってつけたような薄っぺらい比喩や、難しい言い回しは排され、自然で滑らかで明快な言い回しが心地よい。

東京から青森の片田舎に引っ越してきた主人公。男子わずか6人のクラスで繰り広げられる、無邪気な「いじめ」。都会的で陰湿ないじめではなく、どこかおおらかにも思える暴力は、ラスト数ページ、怒涛の濁流となって主人公を襲います。

あー気持ち悪かった。



プリズム(貫井徳郎)

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美人で気立てのいい小学校教師が、自宅で何者かに撲殺される。単純な物取りには思えないが、ではいったい誰が? 直前に彼女に贈られていたチョコレート。職場での恋愛事情。不倫疑惑……読者に提示されるのは、いくつもの手がかりと、プリズムのように、見る角度によって色合いを変える被害者の人となり。

ミステリーをある程度読み慣れた人向けでしょう。事実、某有名古典ミステリーを下敷きにしています。初心者にはちょっと「難しい」かも。中身が難しいというより、こういう作品が「あり」なのかどうかの判断が。

独特のミステリー観を組み立てる貫井。まず『慟哭』をお勧めします。



アーモンド(ソン・ウォンピョン)

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2020年の本屋大賞・翻訳部門で1位。書店にもたくさん平積みされていて、いつか読みたいと思っていた韓国の小説。やっと読みましたが……ちょっと期待しすぎたかな。つまらなくはないけれど、自分はそこまでピンと来ませんでした。

生まれつき「感情」のない主人公のユンジェくん。目の前でひどい事件や事故が起きても、怒りも、悲しみも、恐怖もわきません。孤独な彼の前に現れたのは、いわゆる不良的な言動を繰り返すゴニくん。感情のない少年と、感情を露わにする少年。二人の「怪物」が出会ったとき、新しい世界への扉が開き始める……みたいなあらすじ。

エピソードがあっちこっちに飛んで、全体の流れを追いにくい。キャラクターへの「感情移入」が物語の醍醐味だと思うが、そもそも主人公には感情がないという設定のため、読者であるこちらも、どういう心持ちで読み進めたらいいのか分からずモヤモヤする。ゴニくんはゴニくんで、ちょっと自分の中にはいないタイプの人間。

「感情がない」にしては地の文(ユンジェの一人称)が明晰で、細かな設定がゆるいように感じる。「心」「感性」に問題がある語り手という点では、『アルジャーノンに花束を』が比較対象になりそう。

いろいろネガティブな印象を書いてしまいましたが一気読みしてしまいましたし、一読の価値はあるでしょう。韓国の小説という新鮮さもある。訳文もさらりと読みやすい。


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