四畳半を拡げたくて
冷やし中華が食いてぇ、1,000円札だけ握りしめてサンダルを履いた昼下がり。スマホも鍵も持つ気分じゃない。家からコンビニまで徒歩一分。大通りを左折すれば着くのに、気がつけば右折していた。カレーのにおいがしたから。もしかしたら俺は冷やし中華じゃなくてカレーが食いたいのかもしれない。でもこんな簡単に心変わりするなら、カレーを食いたい想いも本物じゃないのかも。
自分の気持ちなんていつだってコロコロ変わる。
本当に食いたいものを探そうと、また歩き始めた。手ぶらじゃ音楽も聴けずひまだから、口笛の練習をする。うまく鳴らない。こんなに不器用だっけなーと考えてたら、ああそうかマスクしてるからだ。咳ひとつで睨まれる世の中で、マスクもせず口笛なんて吹いてたら通行人にいきなり殴られたって文句も言えない。ありがとうマスク。君はウイルスよりも正義から俺を守ってくれていたんだね。
スキップの練習をしていたら、プラネタリウムに着いた。閲覧料は600円。昼飯なんて400円あればイケるだろうと、チケットを買う。ふだんは6回~8回の上映スケジュールが3回になってた。『1回の上映につき1.4回の換気を実施しています』貼られたポスターを眺めて、小数点の意味が理解できずに笑っちゃう。算数も数学もちゃんと勉強しておけばよかった。最大220名の定員は36名に縮小されて、二席ずつの間隔を空けないと座っちゃいけないらしい。せっかくのデートなのに手も繋げないよと落ち込んだら、デートじゃなくてひとりなことに気づいた。こんな思いをするのが俺だけでありますように。
暗くなったドームに投影された地元の星空。「わたしたちが住むこの街も、明かりがなければこんなに星が見えるんですよ」のナレーション。ほほうと関心していたら、急にビックバン。宇宙の誕生と壮大なロマン。どういうこっちゃ。古代ギリシャ人、頭よすぎんか?何千年も前に宇宙のこと考えるって。俺なんて5分前に小数点がわからんくて笑ったばっかりやぞ。
「あの星と星を結んだら、へびつかいの形に見えない?」百歩百万歩譲ってこれはいいよ。全然そう見えんけどな。想像力は大事だもんね。でもさ、「あー見えなくもない」って答えたやつおるやろ。いやもうマジで何言ってるかわかんねぇけど雰囲気壊して気まずくなるのも嫌やし、乗っかっといたろか~で答えたやつ。きっとアナタの想像より何年も何千年もずっと後世まで伝わっていますよ。
大満足でお土産コーナーに行ったら、宇宙食のカレーが売っていた。宇宙食って、"現代科学の集大成"っぽいから食いたい。ポケットに手をつっこんでみると、予算オーバー。地上で食べても意味ないっしょと強がった。うろうろしてると、NASAのつなぎのレプリカと遭遇する。カッコ良すぎ。15,000円。どう計算しても買えないから、レジのスタッフさんに「試着したいんですけど」と言ってみる。少しはにかみながら、「できません」と答えてくれた。今日初めて人とする会話が宙を舞う。
400円のタバコを買って家に帰った。ベランダで名曲を聴きながらぼんやりしていると、不思議なことに腹が減っていた。宇宙にはまだまだ不思議なことが多い。科学の本に書いてない思いつきで、黒いビニール袋を針で穴を開けて懐中電灯にかぶせてみる。スイッチを入れると、いまいちだった。まだ外が明るいから仕方ないと昼寝をして、夜になってからもう一度試してみた。「手作りゴミ」以外のなんでもない。なんじゃこりゃ。"真っ直ぐに照らす"という懐中電灯の機能美をすべて台無しにしていた。だいたい、部屋にプラネタリウムがある男にろくなやつはいない。やたらお香を炊きたがる男、甘いジュースみたいな酒を常備してる男、ホールトマトでカレーを作る男もろくなやつがいない。大学生時代の俺が証明している宇宙の真理だ。
「ただいま」
「おかえり」
「電気つけないの?」
「探しものをしてて」
「見つかった?」
「失くしたんじゃなくて、最初から持ってなかった」
*
なにもしてない5月が終わった。暑かったり涼しかったり寂しかったり焦ったりしたけど、4月も3月もなにもしてなかった。6月はなにかするんだろうか。梅雨は頭痛で動けなくなるから、夏のキャンプ計画でも立てながら過ごそう。「どんなに激しい雨でも雲の上は晴れなんだよ」なんて宇宙目線で物事を考える人と仲良くなる方法でも探しながら過ごそう。無理っぽいぞ。
今日はどこかで花火が打ち上がったらしい。ちっとも見れなかったけど、あの人が見てたらいいな。見れてなくても、元気ならそれでいいな。今夜もぐっすりぐーすか眠れていますように。
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