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【ベーシックインカム時代の子供の動き】の考察

ベーシックインカムからの不登校増加(退学増加)の概念は、子供達に余暇が増えてしまう概念でもある。それをシンプルに考察すると、暇な時間に魔が差して性に目覚める速度が早くなったり、実践してしまう機会が増える可能性

男児はチンコの皮が剥けてない(包茎気味)なのでセックスをしたとしても痛いだろう。子供なので性病を持ってる可能性はほぼ0

そんな観点を前向きに考察するのであれば、セックス痛い件は性交にネガティブなイメージがつく率が高く、ならばセックスが増える社会だとしても風紀が乱れたりする事はなく、むしろ性教育的な機能が勝手に根付いていく作用(各家庭での教育や各個人がネットを調べる等)あるのではないか?

現状の性教育はどこか頭打ち観が否めない。性教育の先進国であるフィンランドの統計でさえ

https://note.com/prof_nemuro/n/n933cd70f2299

個人的見解


綺麗事をいうと教育的な行為とは子供を信用していないからできる事。性善説ではなく性悪説を元にしてる。そんな邪念を教育的概念に取り入れても良いだろうかと疑問する。もしも人間が神に選ばれてて生きていい価値があるとすれば支配したりコントロールしたりの介入をしなくとも、その本来の価値を自ら発揮するのではないか?

ベーシックインカムには試しの概念もあるだろう。もしもベーシックインカムを導入して悪い統計が発表されないのなら人間の勝ち。

ベーシックインカムが批判されるのは性悪説の視点からだ。人が働かなくなり社会が機能しないと危惧する事から批判されるのだろうが、それって結局は人を信用していないだけ。ベーシックインカムを批判する者の心にワガママな心理(サイコパス性)が根底にあるから我が身を持って実感していてベーシックインカムに不安視してしまうだけでは?

性悪説に人を解釈してしまう人は、その解釈している人の中に性悪(サイコパス性)が少なからず存在するのだろうが、その性悪が人口比で少数派であれば多数派の善によって淘汰されるはずで

犯罪心理学においてはサイコパスは社会的地位が高いのだとプロファイルされている。それが正解であるとすればベーシックインカムを批判する者=サイコパス性能あり=だとしても社会的にはサイコパスは少数派になるはずで、ベーシックインカム環境下でおいても少数派としての影響力しかないので問題ないのでは?


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