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【小説】 You'll Never Walk Alone

冬の日。滅多に雪の降らないこの街にも、雪が似合った。僕は公園にいた。

薄く地面に積もった雪を眺めながら歩いていると、少し前に一枚の羽根を見つけた。

頭の中で渦巻いていた行き場のない焦燥感を消化するために、落ちているその平和の象徴にも縋りたい思いだった僕は、立ち止まって、少し離れたところから羽根を見つめていた。

正面から走って来る子供が、それを拾おうとすると、「汚いから触っちゃダメよ」と母親が言った。

「Love&Peace」と書かれたTシャツを着たその子供は平和の象徴を見つめて、足でツンツンと触った後、踏み付けて遊び始めた。

子供と母親は手を繋ぎ、笑顔で僕の横を通り過ぎていった。

平和とは何だろうと思った。



「平和っていうのは、今こうして教室で何気なく話しているこの瞬間の事を言うんだよ。」

得意気にアキラがそう言うと、教室にいる周りの友人たちは笑った。クラスの友人数人で集まって話す場所は、決まって窓際のアキラの席だった。

「受験が待ってる来年を思うと、その平和が続いて欲しいと願うばかりだな。」

別の友人が続けてそう言った。来年から受験生になる僕らは、口を開けば受験に対して不平不満ばかり言っていた。

直近の模試では、第一希望から第三希望までの大学がB判定だった。中途半端なその結果は、僕を励ます訳でも、突き落とす訳でもなく、見放されたような気持ちにさせた。そのため、僕にとっての平和は、「誰もが争わずに希望の進路へ進める事」だった。

何かに縋りたかった僕が昨日公園で見たのは、平和の象徴が子供のおもちゃになっている姿だった。

僕は、再び焦燥感に駆られた。

毎日訪れるこの瞬間に嫌気が差していた。正確に言うと、いつまで経ってもコンフォートゾーンを抜けられない自分に嫌気が差していた。

「自分の居場所はここじゃない」そう思いながら、行動には移せずにいた。

怖かった。今まで必死で打ち込んできたものといえばサッカーで、ボールをキープする為のフィジカルや、走り込みで鍛えたスタミナも、今目の前にある壁の前では無意味だった。

何をすれば良かったのか。いつも「正解」ばかり探してしまう。

頭の中だけで物事が進んでいる時、目に映る景色は全てグレーのエフェクトがかかっていた。窓から見えるグラウンドも、目の前で楽しそうに話すアキラも、その奥で話すキラキラしていた女子も、いつの間にかグレーになっていた。

「初詣でさ、家族と学問の神様が祀られた神社に行くんだよね。」

僕も行こうかな。落ちた時には、そいつにせいにできるよな。

「でも、何かに頼ったって結局は自分の実力がモノを言うからな。」

そうだよな。そんな時間があったら一秒でも長く勉強するべきだよな。

「なあ、お前はどうすんの?」

僕は、国際系の学部のある大学に進学して、将来は海外で働きたい。全てイチから始める環境に身を置いて、誰よりも成長したい。

「聞いてる?」

「いや、何も決まってないよ。」

僕は、言いたかったそのセリフと、否定される恐怖と、将来に対する不安と、今の自分に対する劣等感を、感じている全てを飲み込んだ。そして、腕を組み、右下を見つめ、少し考えたフリをしてから、そう言った。

目線の先のアキラの机には、エメラルドグリーンのシャープペンがあった。僕らが受験を意識し始めた2ヶ月前の秋に、僕が誕生日プレゼントであげたシャープペンシルだった。

そのエメラルドグリーンだけは、グレーの景色の中でも鮮明に見えた。そのまま、右下を見つめたまま、アキラの顔を見ることはできなかった。


今日も雪が降っている。教室での会話を終えて解散したこの日の帰り道、アキラと二人になった。

普段は風を切るような速さで漕いでいたクロスバイクも、この日は押して帰った。歩いて帰るこの道は、果てしなく感じた。

教室で話し尽くした僕たちは、黙ってクロスバイクを押して帰っていた。歩き慣れない雪道に、足を滑らせて押していたクロスバイクのペダルに足をぶつけた。寒さから、痛みが増幅して感じられた。スニーカーはいつの間にか濡れて、枯れ葉のようにしぼんでいた。しかし、この非日常は、痛みも、沈黙さえも特別な時間にした。

「本当は、卒業したらやりたい事があって、」

アキラには話そうと思っていた。このタイミングでいいのか迷ったが、アキラに嘘をつくのは嫌だと思った。僕は下を向いたままだった。

「何やりたいの?」

「海外に行きたい。」

「いいじゃん。頑張れよ。」

「アキラは何やるの?」

「俺に選択肢はない。」

「どういう事?」

「実家の農家を継ぐんだよ。もう半年前に決まってた。親も年齢的に厳しいから、俺がやらなきゃいけない。」

アキラは僕の前を歩き、背を向けたままそう言った。アキラの声は明るかったが、アキラの背中はグレーに見えた。

「みんな違う道に行くけど、やりたい事をやればいいよ。それだけは変わらない事だから。」

その力強いセリフを言う時だけ、こっちを向いて笑った。

アキラは、いつも僕らの前ではおどけて見せて、農業には関係のない勉強も部活動も必死に取り組んでいた。そんなアキラの一言を聞いた僕は、強く瞬きをした。

目を覚ました。

景色に色がついた。

世界が変わった。

自分自身が変わったから。

多くの人が行き交う遊歩道の雪は溶け、地面に敷き詰められたレンガが顔を出していた。

そのレンガはアキラの一言のように、力強い赤色だった。

※物語はフィクションです。


こちらは、第3回文芸課題"ぶんげぇむ" 参加の記事です。

◆お題:「羽根」「エメラルドグリーン」「レンガ」
◆執筆ルール:
 ・お題に沿った作品を作ってください。
 ・小説/エッセイ/詩 などの形式・ジャンルは問いません。
 ・3つのキーワードを作品に登場させてください。ただし、文字そのものを登場させる必要はありません。

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