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その8:名探偵と万年筆

昨年の七月上旬、何気に目にした万年筆好きな方のSNSの投稿に驚いた。
昨年のモンブラン社の作家シリーズが、英国の作家コナン・ドイルのモデルと言うじゃないか。
ドイルについては言うまでもない。19世紀末に霧の街ロンドンを駆け抜けた名探偵シャーロック・ホームズを創作した小説家だ。
件の万年筆は、キャップのクリップにホームズの拡大鏡があしらわれ、もはやドイルモデルなのかホームズモデルなのかと苦笑したが、18Kのペン先にはドイルの別の代表作である『失われた世界』のチャレンジャー教授の肖像が刻印されており、そこは間違いなくドイルモデル。
まさか、モンブランのシリーズにこの作家が選ばれるとは夢にも思わなかった。何せ、コナン・ドイルはモンブランの万年筆を愛用していないのだから。
ドイルが愛用していたのはパーカーのディオフォールド。「やっと出会えたしっくりくるペン」と言って、たいそう惚れ込んでホームズの物語を執筆していたと伝えられている。
しかし、ドイルがホームズの冒険譚全60編すべてをデュオフォールドで書いた訳ではない。デュオフォールドが発売されたのは1921年で、時期的に言うなら最後の短編集『シャーロック・ホームズの事件簿』の収録作品の発表にしか重ならない。収録作品一作目「マザリンの宝石」は1921年10月発表のため、この作品だけデュオフォールドで書かれていない可能性がある。二作目「ソア橋」が1922年2月発表により、以降はデュオフォールドで書かれた可能性が高いだろう。名探偵の活躍の最後を刻んだ万年筆こそ、パーカーのデュオフォールドであり、初代モデルの“ビッグレッド”と呼ばれるオレンジ色のものだ。
パーカー社では広告にドイルとのことを載せてもいるので、他の作家よりも厚い周知の事実。それだけにモンブランの作家シリーズのラインナップには決して並ぶことはないと思っていた。せめて、名探偵の代名詞シャーロック・ホームズのモデルとしてなら可能性がまだあるだろうと。
モンブランも老舗メーカーだから作家の歴史を踏まえた配慮もして欲しかった。それでも、ホームズ愛好家シャーロッキアンたちにとっては、これはこれで胸が熱く高鳴るとっておきの一本であることには間違いない。
このシリーズはいささか値が張るため、容易に手が届かないのが悲しいところです。

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