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チューリップの「無限軌道」を語ってみる

チューリップの「無限軌道」

僕が生まれて初めて自分で買ったアルバムでした。
1975年発売、チューリップの5枚目のアルバムです。

僕とチューリップの出会い

僕のチューリップとの出会いは、大ヒット曲「心の旅」のサビを父親の車のカーオーディオで聴いていたことでした。姫野達也さんの甘い声で歌われる印象的なメロディ。父にこの曲の詳細を尋ねると、チューリップのベスト盤を買ってくれました。

「心の旅」「夏色のおもいで」「銀の指環」「サボテンの花」
明るくて切ないポップなミュージック。それが僕の最初のチューリップに対するイメージでした。

それからはレンタル店のCDや、古本屋にあるシングル盤ベストのようなCDをいくつか聴きました。チューリップは曲数が多いので、ベスト盤だけでも発売会社によって色々な曲を楽しむことが出来たのです。そしていつしか赤盤、青盤にたどり着いていました。

赤盤、青盤はビートルズをオマージュして作られたチューリップ最大のベストアルバムです。このCDにはアルバム曲もいくつか入っていました。

ちなみに後述する「無限軌道」からは「心を開いて」「私は小鳥」「人生ゲーム」の4曲も収録されています。

また、ちょうどその時期に、チューリップのアルバムがCD復刻されているという情報を手に入れます。この時点で復刻版の発売から数年がたっていたと思いますが、CDショップにはいくつかがまだ在庫のある状態でした。チューリップの長い歴史の中で発表された数々のアルバム。

その中で僕のセンサーに引っかかったのが、無限軌道でした。今思うと僕は学生時代、あまり明るい毎日を送れていなかったのでこのアルバムが刺さったのかなと思います。
アイドル路線から転身し、暗く影のある人生を語ったアルバム。

早速このアルバムを手に入れて、聴いてみました。

静岡の市街地で、ローカルチェーンだった「すみや」で購入したのを覚えています。最初は「サボテンの花」も入ってるし損は無いかな、くらいの気持ちでした。

初めて聞いたのが昼だったか夜だったか忘れてしまいましたが、家族のいない1人の時に聴いたのを覚えています。

印象に残る曲ばかりなので、以下に曲ごとの思い入れや感想を語っていきます。

1「心を開いて」

「1度きりの人生を明るく生きていこう」という明るい歌詞で、再結成ライブの一曲目でも歌われたと思います。でもシングル盤のようなキラキラとしたイメージはなく、アルバムコンセプトの影響か、メロディはどこか暗さを感じます。

2「私は小鳥」

片思いを抱いている男性が、その相手の女性にその恋心に気づかれることも無く日々を過ごしている。それも、女性は男性を認知しているかもわからず、心を閉ざしている状態。でもいつか、この女性にも運命の人が現れ、幸せを掴んでいく。
片思いの男性はせめてその日まで、女性を気付かれずに想っていよう。
そんな曲です。低音がいいですね。「昼も、夜も」という歌詞のところで入る低音が特に好きです。

3「愛のかたみ」

全音がラジオから流れてくるような音質になっています。この音質が財津和夫さんの声と馴染み、ベース音や左耳に聞こえてくるストリングスが心地よい一曲。
この曲を聞いたとき、僕には「夕暮れ時の畳の四畳半」という光景が浮かんできます。部屋の片隅にはラジオが置かれていて、そこからは主人公の思い出が流れている。そんな情景が浮かびます。

「今日も誘われて そっと開けてみた
過ぎた日をほんの少しだけ 運ぶ風よ」

この詩的な歌詞はとても美しいです。「リクエスト-チューリップ・ファン・セレクション・ベスト-」というファン投票によって選ばれたベストアルバムにも収録されていたので、ファンの中でも人気の1曲でしょう。

3「たえちゃん」

この曲を聴いた時の僕のショックはほかとは比べられないものでした。「私は小鳥」も暗めの曲でしたが、この曲の暗さは一段と濃いです。

ピアノの高音の短いイントロからはじまり、語りかけるような財津和夫さんの歌声が続きます。スローテンポで始まったかと思いきや、突然「ウワアーアー!」と叫ぶ男の声、ピアノを乱雑に乱暴に引いたような不協和音が流れてきました。数秒後に先ほどの財津和夫さんの歌に戻るのですが、その後も数回、この絶叫が響き渡ります。

この曲の歌詞には個人名や卑猥な言葉が含まれており、その部分を隠すための処置とのことですが、とても怖かったです。ひとりぼっちという空間でこの絶叫を聞いてしまった僕は、震えながら続きを聴きました。

あるひとりの少女が、恋に敗れて自殺をする。その子に片思いをしていた歌い手の男性は、女の子に果たせなかった想いを内に秘め、その顛末を語る。歌詞の最後は、スローテンポで進み、そろそろ終わりかと思ったところでまた絶叫。それと共に今度は財津和夫さんのファルセットでの絶叫が響き渡ります。ファルセットのまま口ずさむメロディには、亡くなった女の子を思っているのか、悔やむような悲しむような感情が込められています。そしてある時、そのメロディを口ずさんでいた声は大絶叫に変わります。
「あーたえちゃん、あーたえちゃん、あーたーえーちゃーん」
文章ではとても表せませんが、シングル盤のチューリップしか知らない僕にとっては色々な意味でひっくり返された1曲でした。歌詞カードにはこの曲だけ歌詞が印刷されていないのも、僕には不気味でした。

5「もしも僕が」

そしてこの曲が終わると、5曲目の「もしも僕が」が始まります。
ここ、レコードではちょうどA面B面の区切りになっているので、「たえちゃん」と「もしも僕が」の間にはレコードをひっくり返すという間が生じます。しかしCDではもちろんそんな間はなく、「たえちゃん」に続けて「もしも僕が」が始まります。愛する人を死という結果で失ってその悲しみに沈む男の曲、この曲の余韻に浸るまもなく次の曲が待ち受けているという構成の方が、人生という感じがして僕はCD版の方が好きです。その「もしも僕が」は片思いを心の中に秘めている男性の歌。明るくポップで、たえちゃんとはまさに正反対な曲です。好きな人が亡くなり絶望にひしがれる曲と、これから何があるかも分からない、片思いの曲。こういった激しい移り変わりが、僕の心を大きく揺さぶってきました。

6「おいらの旅」

人生という旅は自分自身のものであり、自分自身で舵を取って進んでいくんだ。コンセプトは1曲目の「心を開いて」に似ています。

話は逸れますが、僕は当時、ライトノベルの「キノの旅」という小説にハマっていました。主人公の人間「キノ」はバイクに似た乗り物である相棒「エルメス」(知性があり人の言葉を話す)と旅を続けていて、この1人と1台の旅模様を描いたのが「キノの旅」です。旅というものに憧れを持っていた僕が、この曲の「何かが待ってる街に着くまでは」というフレーズをキノと重ね、自分探しの妄想をしたのはいい思い出です。

7「一人がいいさ」

これもラジオボイスのようなエフェクトがかかっていて、歌い手の人生観を語るものでした。ラストの
「俺が死んで悲しむやつはいなくてもいいよ
後悔だけはしたくない」
昔はこの歌詞の通りに感じていましたが、大学生になり大人になった今、色々な人との交流が増え、「俺が死んで悲しむやつはいなくてもいいや」という歌詞には同意もあれば不同意もある、少し揺らいでいる僕がいます。

8「サボテンの花」

これはヒットしたので、僕より若い方々も曲を聴けば「あ!」となる方がいると思います。この曲で、僕はようやく現実に帰ってこれました。それまでの間、暗澹とした無限軌道の世界をさまよっていたところを、一気に現実に近づけてくれた気がします。

9「生きるといふこと」

これまでは暗めの曲が多かった中、アコースティックで歌われる優しい曲です。世の中の全てを憎むほど自分の殻に閉じこもっていた男性が、ある女性とめぐり逢い、心に大きな安らぎを与えられます。その後に見た世界は美しく、今後は女性とともに幸せな人生を歩いていけそうです。

10「ある昼下がり」

こちらもアコースティックで、姫野さんの可愛い声で歌われます。
仕事に没頭していたとき、忙しさで子供の頃の自由な頃を忘れていた時、ふっと一陣の風が吹きます。そこで歌い手は子供の頃の感性や思い出を思い出し、今度はそれらを今の自分に取り戻せるように頑張っている。
そんな曲です。チューリップのアコースティックな曲の中では1番好きです。高校生の頃聴いていた時も好きでしたが、大人になった今聴くと、確かにあの頃の感性を失ってしまってるなと思ってしまい歌詞に共感できます。

サボテンの花とこのアコースティック2曲のおかげで、たえちゃんから続いていた僕の心のショックは、かなり助かりました。

11「人生ゲーム」

最後に、このアルバムの集大成といえる「人生ゲーム」が始まります。
「幸せなんかがあるならば それは慰みのことだろう
知らない国へ行ってみたい 昔夢見た魔法の靴で」
魔法の靴とは、チューリップのデビュー曲でもある「魔法の黄色い靴」のことでしょう。人生の中で幸せな時間なんて本当に少なく、慰みレベルに刹那的なものである。でももっともっと自分の知らない世界を知りたい。だからこれからも生きていく。そんな風に解釈しました。

チューリップを知った高校生の時から今の今まで、聞いた中で1番好きなアルバムはこの「無限軌道」です。僕は平成生まれですが、ぜひこのアルバムを後世にも知って欲しいです。

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