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見えない雨

雨が降る。どしゃどしゃというより、ぬめっと。ぬめぬめと雨が降っている。振り払いたいのに、体中にまとわりつく。心にもまとわりつく。染み付いて取れなくなるまで、ぐんぐんと身も心も蝕んでいくようだ。

体は不快だなと言って、心は不愉快だなと言う。煌々と照る太陽の日差しにさえ、何も感じなくなってしまったかのよう。ほんとうに頭上には、雲の上には、大空が広がっているのだろうか。美しいものを疑いたくなるほど、身体中をじめじめと得体の知れない虫のようなものに侵食されていく。

だから何かと言えば食べる物を気にしてみたり、よく歩いてみたりする。でも、ぜんぜん払拭できないままに月日だけが流れていく。心は汚れてしまった、と思う。洗ってお日様の下に干しても、見えない雨がまとわりついている。

もしもこの世に美しいものがあるのなら、それはきっと僕の心を浄化してくれるものだろう。まっさらになるまで、おろしたての服のようにパリッとするまで。でも、不思議だな。どこかレトロチックな残り香も好きなんだよな。新しいものだけじゃない、古いものにもきっとどこか良さがあって。

どうしたら、見えない雨は晴れるかな。僕の目が見えなくなっているだけで、きっとこの世界には美しいものが溢れている。なんだかわかるんだ。だから、絵を鑑賞したり、音楽を聴いたりする。なぜだか美しいものに惹かれてしまうようにできているんだ。人間は。

お日様の香りを嗅いだときの気持ちよさ。雨上がりの土っぽい匂い。吹きすさぶ風の乾き。そのどれもが僕の心を癒やすときもある。神様は見えない風になって、僕らを祝福しているのかな。どうしたら、この心のもやもやを吹き飛ばしていってくれるだろう。僕にはなんにもわからないな。なあんにも。


たまっちゃったんだなあ井戸が。きっと、いっぱいいっぱいになっちゃったんだな。自分でも気付かないうちに落ち葉やら泥やらで満たされちゃったんだ。吐き出したいなあ。

でも、きっと誰のせいでもないんだ。自然現象なんだ。僕の心は井戸。いろんな感情がたまっているよ。もし、いま僕の前に美しいひとが現れたなら。きっと、僕の井戸からえっさほいっさとたまった水を汲んで、ゆっくりと出し切ってくれる。時間がかかりそうだね。他人事じゃないのにまるで他人事のように感じちゃう。

早く僕の順番は来ないかな。それまでどうしようかな。僕の元に届く手紙はない。好きな音楽を聴こうか。それとも......。なんにしたって生きていくだけさ。たぷたぷのままね。誰も僕を見たがらないかもしれない。それでも、このまま。......その可能性があるなら。生きていく可能性があるなら、少しでも長く。

#創作大賞2022

苦しいからこそ、もうちょっと生きてみる。