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鰊(ニシン)で一杯

1.数の子

 馴染みにしている居酒屋さんがあって、いい魚が入ると教えてもらう。その日は生の鰊(ニシン)を焼いてもらい、あきる野市の銘酒「喜正」(きしょう)とともにいただいた。思いがけず大きな数の子をもっていて得をした気になった。

 数の子はもちろん鰊の卵のことだが、イクラに比べて小さくて数が多いから数の子というのかな、などと子どもの頃は考えていた。実際には鰊のことを別名「角イワシ」ともいい、カド(角)のコが訛ってカズノコになったのだと知ったのは社会人になってからだった。

 とはいえ、鰊と鰯(イワシ)とでは随分大きさが違うし、味も似ているといえば似ているけれど本当に鰯の仲間なのだろうか、と疑問が湧く。ところが調べてみると、ふだん口にする鰯つまりマイワシの学術的な分類は「ニシン目ニシン科マイワシ属」なのだそうで、反対にマイワシが鰊の仲間のようである。英名ではJapanese Sardineとかいうらしいが。

 鰯と鰊が近い仲間だということはわかったけれど、では何故、鰊をわざわざ角イワシと呼ぶようになったのだろうか。小型の鰊は、鰯と見分けるのが難しいため、頭が角ばっている違いで見分けたところから角イワシと呼び始めたものらしい。

2.ニシン漁

 鰊という魚については大衆魚であり、にしん蕎麦などという食べ方もある反面、その卵である数の子は高級食材であるという二面性があるのが不思議である。小樽に旅行に行ったときには昔はニシン漁が盛んで、網元さんたちの鰊御殿(立派な番屋)がたくさん建てられたのだけれども、ある日を境にさっぱり捕れなくなってしまったとも聞いた。これもまた不思議な話ではなかろうか。

 日本海側の富山県から秋田県、そして北海道の小樽などで鰊漁が盛んになったのは幕末ころからというが明治の初めころまで毎年3万トンくらいの漁獲高があった。それが明治30年(1897年)には、なんと98万トン弱と最高を記録したそうである。しかし、1953年(昭和28年)から漁獲高の減少が始まって近年のデータでは、2002年(平成14年)から2011年(平成23年)までの10年間のニシンの平均水揚げ数量は4千トンに留まっている。どうして、そのように激減してしまったのか、原因については乱獲、海水温の上昇、海流の変化など諸説唱えられているが、確かなことは解明されていないそうである。

 おそらく鰊が大量に捕れていた昔は数の子も今のように高価なものではなかったのではないか。そもそも貨幣価値が違うので昔と今を直接比べることはできないのだが、海なし県の長野で、昔は数の子が猫も見向かない「猫またぎ」とされていたという話を聞いたことがある。

 長野県で鰊料理というと甘く煮て蕎麦につけあわせるくらいで、あまり広く食されている感じではない。もっとも福島県の会津地方は長野同様に山国だが、長野とは反対に鰊が重宝されていて、鰊の山椒漬けや、鰊の天麩羅などの庶民的な料理がある。

 それにしても、鰊という魚そのものはイワシと同様に大衆魚であり、そのような食べられ方をしている。対して、その卵である数の子は高値で取引されるのは、子宝を象徴する縁起物として、おせち料理などで需要があるからだろう。

 居酒屋の主人も、焼いてくれた鰊に大きな数の子があったとは思わなかったらしいのだが、大きさに気づいていたら取り分けて別に塩漬けにして提供していたかも知れない。

3.似て非なるもの?

 さて、鰊は角イワシとも言われるけれど、実際のところ鰊と鰯とは近い仲間なのだった。ところが世の中には名前は似ているけれど全然、別物だという魚がある。よく知られていることだとは思うが、チョウザメは鮫の仲間ではない、というのがある。

 チョウザメはキャビアを産む魚だが大雑把には「古代魚」と分類される「硬骨魚類」であり、軟骨魚類である鮫とはまったく別系統の魚だそうである。そもそも、鮫は海に生息するけれどチョウザメは淡水魚でもある。

 そんな生物学的な分類など知られていない頃に、姿かたちが少し鮫に似たところもあってチョウザメと呼ばれるようになったのだろう。クジラが哺乳類だという知識がなかった頃は魚の一種と考えられて勇魚(いさな)と呼ばれていたようなものであろう。

 それから、八目鰻(ヤツメウナギ)も鰻とはまったく別系統の魚である。この魚がヤツメと呼ばれるのは一対の目のほかに七対の鰓があって、それも目のように見えるところから来ている。面白いことに東京では昔から八目鰻も鰻のように蒲焼などにして食されてきた。

 しかし、一般的に魚にはアゴがあるのに八目鰻にはなくて、口はぽっかり丸く開いている。ゆえに円口類という分類に該当して骨格も未発達、胸ビレがないなど、かなり原始的な生物らしい。アゴがない円口類に属する魚?は何億年も昔に絶滅していてヤツメウナギとヌタウナギだけが現存している種だとのこと。

 子供の頃に、八目鰻の串焼きを珍しいから食べてみろと親に言われて口にしたことがあったけれど、見た目も奇妙だったし、味も鰻とはまったく違って、美味しいものだとは思えなかった。

4.名前は違うが同じものもある

 ところで、鰊の子は数の子だけれど、鮭の子はなんというか?寿司ネタではイクラというのが一般的だけれど、筋子と言われているのも同じ鮭の子である。ただ、筋子は未成熟の卵が卵巣膜に包まれた形状のもので腹子とも呼ばれるのに対して、イクラは成熟した卵をバラして醤油などに漬けて味付けしたものである。

 おそらく筋子の方が昔から日本人が食材として扱ってきた形なのだろう。なぜなら、タラコだって同じように卵巣膜に包まれた形で食材にしているから。ところが、近代になってロシア人から魚卵をバラして味付けして瓶詰めにして保存するという利用の仕方が伝わった。

 ロシア語でそうした魚卵のことをイクラと呼んでいたのが一般化して鮭の卵を指すようになったらしい。イクラを軍艦巻きにして寿司ネタとして初めて使ったのは銀座久兵衛で昭和16年ということだから革新的なものだったのだろう。

 鰊は鰯の仲間なのかというところから話があちこちを彷徨ったが、その後、同じ居酒屋さんで活きが良い鰯が入っていたので、真鯛と一緒にお造りにしてもらった。やはり、あきる野の喜正でいただいた。美味い。

真鯛と鰯のお造り

ー了ー


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