ショートヘア 短編小説

 親友が突然ショートヘアにした。
 彼女とは小学校からの付き合いで、私は彼女の髪の長さが鎖骨よりも上になったのを見たことがなかった。昨日まで、彼女の髪は胸のあたりまであった。癖っ毛を気にして髪をいつも後ろで一本に束ねている私からしたら、彼女のまっすぐな黒髪は羨ましかった。彼女の髪は一本、一本が細いため、体育の授業のときにはポニーテールに束ねた髪がさらさらと揺れ、甘い石鹸のようなにおいがしてきた。
 その彼女がショートヘアになっていた。後ろにあるはずの髪がなく、うなじの曲線がしっかりと見えている。
「髪、切ったね。いきなりどうしたの?」
 彼女の席に駆けつけて、朝の挨拶もなしに理由を尋ねる。
「似合う、かな?」
 彼女は不安そうに聞いてきた。
「うん。いいと思う」
 私は彼女の髪が好きだったから、どちらかといえばロングヘアのほうが好きだった。でも、ショートヘアも悪くはなかった。子どもっぽくはなく、大人っぽいショートヘア。見ているうちに、ショートヘアもなかなかいいんじゃないかという気分になってくる。
「わっ、髪がない」
 いつもしているように彼女の髪を撫でようとすると、手がすぐに止まってしまった。あまりの感触の違いに驚いた。すぅーと手のひらをすべらせたくても、すべらせる髪がない。それはちょっぴり、寂しい。
「大原、髪切ったな。もしかして失恋⁉」
 隣の席の男子が言った。失恋と髪を切ることの結びつきはどこからきたのだろう。失恋したから髪を切る女子なんて、実際にはほとんどいない。それなのに、どうして髪を切ることを失恋に結びつけてしまうのだろう。
「違うよ」
 むしろ逆。
 ポツリと呟いた言葉が近くにいる私だけに聞こえた。
 ホームルームの時間が近くなってきて、徐々に教室に人が集まってくる。教室に入ってきたクラスメイトは彼女のことを二度見し、髪切ったねー、似合ってるよ、そっちのほうがいい、と声をかけ始める。
 ずっと髪が長かったからなのか、彼女の人気があるからなのか、彼女の周りに人が集まって、にぎやかだった。
 がらりとドアが開いて、先生がやってきた。ホームルームするぞ、という先生の言葉と共に、彼女の周りにいた人たちは自分の席に戻っていった。

 部活が終わって、帰りの準備をしていると、彼女が一組の廊下のあたりからやってきた。始めは早歩きで、だんだんと小走りになって、最後は全力で走って、一組から四組までの廊下までやってきた。
 彼女はやってくるなり、いきなり私の腕にしがみついた。
「ど、どうしたの?」
 彼女はただならぬ様子で、私の腕をぎゅっと握って放さなかった。
「ちょっと痛い」
 私の言葉に彼女は、はっとして素早く手を放した。
 彼女の目の縁は赤く、鼻も少しだけ赤くなっていた。
「大丈夫?」
 声をかけると、彼女は再び腕にしがみついてきた。徐々に手に力が込められる。けれど、耐えられないほどの痛さではない。
「なにかあった?」
「私、一組の田代君のこと好きって言ったでしょ」
 二か月ぐらい前から、彼女の口から田代君の話題が出てくるようになった。二人で一緒に帰ったり、メッセージのやり取りをしたり、話で聞く限り、なかなか上手くいっているようだった。
「女子の好きな髪型を聞いたら、ショートヘアだって言うから、髪切ったのに。それで、告白しようと思ったのに」
「まさか告白したの⁉」
 彼女はうなだれるように頷いた。
「さっきしてきた」
「……どうだった?」
「彼女、いるんだって。それも大学生の。二つ年上。なにそれ。聞いてないんですけど」
 そもそも大学生となんかどこで知り合うの、っていうか彼女いるのにメッセージのやり取りなんかしないでよ、早く言ってよ、期待させるようなことしないでよ。
 ぶつぶつと呟かれる言葉とともに、腕を握る力もどんどん強くなっていった。
 私は手を彼女の肩において、辛い気持ちが軽くなることを祈りながらトントンと叩いた。
 この類の悩みは当人以外、どうすることもできない。私にはただ話を聞いて、慰めることしかできない。
 十メートルほど離れたところに、こちらの様子を遠慮がちに窺う人物がいた。
 私の腕にしがみついている彼女はその人物に気がつかない。代わりに、私が思いっきり睨みつけておいた。私が睨むと、その人物は逃げるように一組の教室へと消えていった。
「髪、ぜったい伸ばしてやる」
 彼女の顔は涙でぐしょぐしょになっていた。けれどそこには堅い意志が宿っていた。
 彼女の頭にそっと触れる。短く切りそろえられた髪は手のひらをすべらせることができない。それができるようになるまでに、あとどのくらいかかるだろうか。
 それよりも、彼女が立ち直るほうが早ければいい。
 そう思いながら彼女の髪をなでた。

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