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海自機事故の背景にあるもの

年始早々、JAL機と海保機が羽田空港の滑走路上で衝突し、海保機側に多数の殉職者が発生したばかりでしたが、

起きてはならない航空間の衝突事故が、また起きてしまいました。

20日夜、伊豆諸島沖で海上自衛隊のヘリコプター「SH-60K」2機が衝突して墜落したとみられる事故で乗員1名が死亡、7名が行方不明となり、現在も捜索活動が続いています。

防衛大臣は、2機のフライトレコーダーの解析を進めているとした上で「現時点で、飛行中の機体に異常を示すデータはなかった」と述べました。

1 見張り義務
航空法には、操縦士の「見張り義務」というものが定められています。

操縦を行っている者(中略)は、当該航空機外の物件を視認できない気象状態の下にある場合を除き、他の航空機その他の物件と衝突しないように見張りをしなければならない。

航空法 第71条の2 第1項

加えて、後部のクルーにも目視、レーダー、無線機等を通じた見張りが「躾け」られています。

つまり、自衛隊機においては、平素から操縦士とクルーが一丸となって衝突回避に努めることが徹底されているわけですが、にもかかわらず、こうした悲劇は何故、繰り返されてしまうのでしょうか。

その本質に迫る前に、先ず、海上自衛隊が取り組む「対潜戦」の概要と難しさについて、ご説明したいと思います。

2 対潜戦とは何か
「対潜戦」とは、潜水艦に対する戦術を意味する言葉です。

日本は海に囲まれ、世界第6位の排他的経済水域を有する海洋国家です。

また、エネルギー資源の9割以上を海上交通に依存しています。

海上自衛隊では、発足以来、海からの脅威、特に「海上交通の安全を脅かす潜水艦に如何に対処するか」が命題でした(ミサイル1発で船は沈まないが、魚雷1発で船は沈む)。

加えて、最近では海上交通のみならず、日本の国土を攻撃できる巡航ミサイルを搭載した潜水艦も活動しています。

そのような潜水艦の脅威から、海洋国家・小資源国ニッポンの繁栄と安全を担保するために、海上自衛隊が一元的に「対潜戦」という能力を磨き続けてきた経緯があります(他の自衛隊や海上保安庁に、潜水艦を探知する能力はない)。

3 対潜戦の難しさ
護衛艦や潜水艦のみならず、固定翼哨戒機や、複数のヘリコプターで潜水艦を包囲する戦術は、まさに海上自衛隊の「お家芸」であり続けたのですが、長年の積み上げがあるから万全かといえば、そうではありません。

対潜戦を難しくしている最大の要因は、「水中ではレーダーは使えない(水中には電波は届かない)」ことです。

そのため、ソーナーやソノブイなどの音響装置を使って、水中を伝わる音波で潜水艦を探すのですが、

音波は、電波のように直線的かつ遠方まで届くものではなく、海洋の状態や海底地形などの影響を受けて大きく屈折し、「シャドーゾーン」と呼ばれる不感知領域を発生させます。

近年、周辺国の潜水艦は隻数のみならず、性能面でも破竹の勢いで増勢を続けているので、今回、行っていたような訓練により「お家芸」に更に磨きをかけ、優位性を確保することが大きな課題となっているのです。

4 如何なるスレットが存在したのか
このような情勢下で行われている対潜戦ですが、今回も、以前ご紹介した特異な状況(専門用語で「スレット」といいます)が積み重なったことで、最も基本的な「見張り」が疎かになったものと推測されます。

5 事故原因と論点
では、この事故に至ったスレットとは何だったのでしょうか。

エビデンスが少ないため現段階では憶測の域は超えませんが、今回も、航空安全の基本である「m-SHELLモデル」を用いてスレットを探ってみたいと思います。

(1) 管理面(m:management)
報道によれば、部隊は「査閲」と呼ばれる訓練指導を受けていたようです。そもそも、高いストレスを伴う対潜戦において査閲を受けるということで、乗員は心理的な重圧を感じていた可能性があります。
 
自衛隊の場合、特殊な環境下で能力を保持する必要から、査閲自体は不可欠なのですが、やり方については事故調査の対象になるかもしれません。

(2) 規則面(S:Software)
海自では、2021年にも同様の接触事故が生起しており、その際、「各機に高度差を設ける」という規則が新たに制定されました。

しかし、ソーナーを海中に下ろすためにホバリングしてしまえば、高度差を設けることなどできませんので、この対策が「万全」とまではいかなかったようです。

(3) 機材面(H:Hardware)
既に2機のフライトレコーダーは回収され、防衛大臣から「機材面で問題はなかった」と発表されました。

余談ですが、この「SH-60」シリーズは、長年、世界の海軍で使用されてきた傑作機で、アメリカ大統領専用機「マリーン・ワン」にも採用されるほど高い信頼性を有する機体です。

報道によれば、両機をつなぐデータリンクが切断されていたようですが、それが衝突に結び付く決定的な機材トラブルとは考えにくいと思います。

(4) 環境面(E:Environment)
夜間であったことから互いの現認性が低下したことは否めません。

しかし、当日の視界、その他の気象現象に問題はなさそうで、各種の航空灯火が作動していれば、見張りによって互いの位置を認知することは十分可能だったと思われます。

(5) 乗員(L:Lveware)
夜間に護衛艦から発進して、編隊を組んで対潜戦を行う場合、ヘリコプターの乗員には非常に高いストレスがかかります。

特に、初級者の場合、かなりコクピット内での作業に没頭しがちになるでしょう。

このような状況下では、左側に座る操縦士が「レフトサイド、クリア(左側に障害物なし)」とコールしても、実際には見てなかったりすることが起こり得るのです。

5 事故要因の考察
以上のことから、今回の事故要因を考察すると、次のような仮説が浮かび上がります。

事故要因は、天候や機材によるものではなく、ヒューマン・エラー(人的過誤)によるもの。

つまり、夜間の編隊による対潜戦という最も難易度の高い訓練で、しかも査閲というプレッシャーの中、データリンクの切断というスレットが生まれ、一時的に全員が一点集中を起こしやすい状況に陥り「見張り」が疎かになった。

そして、オペレーション中に何らかの錯誤が生じ、2機が同じポイントに向けてアプローチするような状況が生起し、接触に至った …

この仮説は想像の域を超えるものではありませんが、背景には、もっと深い問題があるような気がします。

事故の背景にあるもの

① 国際情勢の変化
最近の国際情勢が影響している可能性は、十分に考えられます。つまり、周辺国海軍の活動が活発化したことで、これに対応する任務が増加し、その分、十分な訓練機会を確保することが難しくなったこと。

数年前、米海軍でも同じようなことが起きており、訓練機会の減少から艦船事故が多発しました。経験が不十分なまま高ストレスの訓練に臨めば、自ずと安全確認は疎かになるものです。

② 社会情勢の変化
時代とともに、飛行訓練のあり方も随分と様変わりしていると思われます。機内でのパワハラは絶対に避けなければなりませんが、かといって、気を遣い過ぎて指導しないということは、あってはならないことです。

厳しい指導が忌避されがちになった社会的な風潮を受けて、安全運航に必要な躾教育が不十分になっている可能性があります。

③ ハイテク依存
システムがさほど発達していないアナログの時代には、編隊で飛行する操縦士は、僚機がどこに居るのかを血眼になって探したものですが、システムのハイテク化が進んだ今は、操縦士が見張りに費やす時間が減っているのではないでしょうか。

つまり、年始の羽田での衝突事故も、今回の海自機の事故も、航空機同士が衝突する背景要因として共通しているのは、

「見張り」の重要性に関する認識が、全体的に低下していること

この一言に尽きると思います。

今後の対策は
国際情勢及び社会情勢の変化と、航空機のハイテク化。これら3つの最新の動向を踏まえた上で安全対策を練り直す。この視点が絶対に不可欠です。

そして、最もエラーを起こし易いヒューマン(人間)がシステムの中心にいる限り、手垢のついた昔ながらの躾教育というものを、決して疎かにしないと肝に銘ずること。そのことを、是非、再発防止策の理念として取り入れて欲しいと思います。

おわりに
最後に、この言葉をご紹介して締めくくりたいと思います。

  「左警戒、右見張り」

海軍しつけ集」より抜粋

若い頃に、口うるさく指導されたのがこの言葉です。

飛行中、左側で何かが起こったら、つい全員の意識がそこに集中しがちになるものですが、いかに気がかりであっても、右側(反対側)への注意を怠ってはならないということを、短い言葉で戒めているのです。

海上自衛隊のみならず、あらゆる航空業界が、今一度、その原点から再出発する必要があるのかもしれません。

行方不明者が一刻も早く見つかることを、心から願っております。

また、リアリズムが支配するこの世界で、果敢にリスクと闘い、そして紺碧の海に散っていった幾多の尊い同士たちに、心からの深い哀悼の意を表したいと思います。