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【短編小説】マスク〜僕らは素顔で生きていく〜 (後編)

※この物語はフィクションです


7.

買い物に出かけていたワシと妻は、

町で出会った少年とカフェでお茶をすることになった。


隣のT市からやってきたという彼から、

T市では未だにマスクをつけて生活することが

常識になっているという話を聞いた。


そして少年は、そのことについて

徐々に疑問を感じるようになってきたとのことだ。


彼をカフェに誘ったのは、

鼻や口をしっかり白い布で覆っているその姿に

大人としての責任を感じたのも多少あるかもしれない。


別に大した正義感を持ち合わせているわけでもないが、

パフェを無邪気に食べる彼の顔が、

病人でもないのに息苦しい布切れで覆われなきゃならんのは胸が痛い。


彼の質問に答える形で、

マスク社会が始まるきっかけとなったあの騒動の事を、

ワシが知る範囲で一通り話した。



最初は「町で突然倒れる人が現れた」というニュースから始まり、

「恐ろしい病気が蔓延している」「パンデミックだ」という報道が相次ぐようになった。


メディアは連日不安や恐怖を煽るようになり、

パニックはどんどん連鎖して広がり、

人々はネガティブな思考と感情に支配されてしまった。


その中でいつからか

「マスクをつければ安全、つけないのは危険」

という報道がされるようになった。


そして、「命を守ろう」という名目のもと、

いつしか「人はマスクをつけて生活するのが常識」という概念が定着した。


いや、刷り込まれたと言った方が正しいだろう。



このパンデミック騒動で不思議なのは、

ワシも妻も、いや、他の誰に聞いても、

町で人が倒れたのを見たことがないということ。


今となっては本当に恐ろしいものだったのかどうかはわからず、

そんな病気は存在しなかったという説まである。


少なくとも、

何年もマスクをつけずに生活しているこの町の住民で

例の病気で突然倒れたり危篤に陥ったという者は誰一人いない。


免疫がついたのか、病原体が弱くなったのか、

そもそもそんな病気は存在しなかったのか。


どういう理由かはわからないが、

とにかく目の前の現実ではずっと何も起こっておらず、

もちろん時には風邪を引いたり体調を崩すようなことはあるが、

基本的にみんな健康で元気に日々を過ごしている。



だが、もはやそんな事は関係なく、

ただマスクをするという不自然な風習だけが残り、

それが一部の町や都市では未だに続いている。




8.

「ありがとうございます!

おかげで、色んな疑問が少しずつ解けてきました」


おじさんの話を聞いて、いろいろな事が腑に落ちた。


なぜ人だけがマスクをしているのか、

いつから人はマスクをするようになったのか。


そして、人は本来マスクをしなくても生きていけるという事、

頭痛や息苦しさを感じる原因はどうやらマスクで間違いないという事。


また、顔の表面が色んな形に変化するのを「表情」という事、

その表情を感じられることが人にとって、特に僕らのような子どもにとってどれほど大切かという事など、

様々な事が分かった。



ふと、新たな疑問が芽生えてくる。


「この町では、なぜマスクをしなくても良くなったんですか?」

自分の中に湧き上がってきたこの謎を、僕は再びおじさんに訊ねた。


「この町のみんなは、自主的にマスクを外していっただけさ」

と、おじさんは答えた。


「どういう事ですか?」


「君の住む町では、マスク着用を促すアナウンスがいつも流れていると言ってたよね?

それは、この町も同じだったんだ。

そして、別にマスクをしなくても良いというアナウンスが出たわけでもない。

ただ、一人一人が、おかしいと感じるもの・理不尽だなと思うことに従わなくなった。 

自分たちが送りたいと望む日常生活を自分たちで続けた。

そうしてるうちに、変な同調圧力も一方的なアナウンスもなくなった、というわけさ」


「私はこの騒動が始まった当初、毎日恐怖に震えていたわ。

だって、恐ろしい病気が蔓延してるぞ!大変だ!ってあちこちで騒いでるんだもの。

でも、日が経つ毎に、おかしいな?何か変だな?と思うようになってきたの」


手に持っていたティーカップを置いて、おばさんがゆっくり話し出した。


「なんていうか、メディアで報道される内容と自分の周りの現実にギャップを感じ出したの。

もしかしたら本当に恐ろしい事態がどこかで起こっているのかもしれない、とも何度も考えたわ。

でも、自分が肌で感じる実感と違いすぎて、報道が過剰になればなるほどそう思えなくなったのよね。

見たことないオバケをいつまでも怖がってるのがバカらしくなっちゃったって感じ。

そして、少しずつマスクを外していったの。最初は恐る恐るだったけどね」


「この町にいる人たちは皆、自分の感覚にストレートだった。

最初からこの騒動に違和感を感じていた者もいれば、メディアが伝える世界と現実世界のギャップに疑問を持つようになった者もいる。

いずれにしても、自分が感じる違和感や疑問を無視しなかった。


そして、ニュースを見るのではなく、自分の周りの現実を見るようになった。

情報を鵜呑みにせず、権威に盲従せず、自分の感覚を信じて、誰かの意図に従うのではなく自分の心に従って行動を決めていった。

ある者はメディアを閉じて目の前の世界をありのまま捉えることに集中し、ある者は感じた疑問について徹底的に自分で調べ尽くした。

ワシら夫婦もそうだ。 


事のおかしさに気づいた時には見えない圧力のようなものも形成されつつあって、自分から動くには勇気が必要な時もあった。

人それぞれ環境も違えば、やり方や考え方も異なる。

が、とにかく一人一人が自主的に考えて動いたんだ。


刷り込まれた不安や恐怖を取り払い、自分の心が感じる感覚にストレートになって、できる事から少しずつやってきた。

その結果が今のこの町の姿さ」




9.

おじさんとおばさんの話を聞いて、

心のモヤモヤが晴れてきたようだった。

その上、何だかパワーをもらったような感覚になった。


ふと周りを見渡して、確信した。


この町に着いた時に、

町全体が生き物のように感じてワクワクしたけど、

それはこの町にいる人たちが活き活きとしていて、

町全体がエネルギーに満ちているからだ。


そんなエネルギーに触れたからか、

僕も何かやりたい!という気持ちになっていた。


「おじさん、おばさん、本当にありがとうございます!

今まで不思議に思っていたことが色々とわかりました。

そして、僕はやはりマスクをして息苦しさを我慢しながら生活をするのはおかしいと感じています。

それを改善するために何かやりたいという気持ちが出てきました。

何ができるかわからないけど、できることから少しずつやってみたいと思います!」


二人は「イイね」と言いながら、

口の両端を上に向けて顔をクニャッとさせた。


それを見た僕は、

何だか心が暖かくなり嬉しい気持ちになった。


この表情は「笑顔」というやつだ。



「お茶も飲み終わったことだし、ではそろそろ行くとしようか」


「はい、ごちそうさまでした!パフェ美味しかったです!」


「良かったらまたいつでも遊びに来てね。

今度は絶品パンケーキのお店を案内するわ」


「たしか森を抜けてきたと言ってたね?

そのあたりまで見送るよ」


偶然出会ったステキな夫婦に見送られて、

僕は目一杯の感謝を伝えて帰路についた。




10.

家に帰ったあと、僕はあることを思い出していた。


実はクラスメイトで一人だけ、

僕と同じようにマスクのことを先生に質問した子がいた。


しかも、僕と違って何度も質問を繰り返していて、

最後まで先生の答えに納得していない様子だった。


もしかしたら僕と同じような事を思っているのかもしれない。


あの子と話をしてみたい。



次の日、学校からの帰り、

彼女に声をかけた。


「こんにちは!」


少しの世間話をした後、

気がつけばお互い自然とマスクを外していた。


二人とも体の中いっぱいに空気を吸い込み、

そして思い切り吐いた。


そのあと、日が暮れるまで会話を楽しんだ。



初めて彼女の素顔を見たけど、

とてもキレイだなと感じた。



(終わり)


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