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#1 断捨離ヲタクになったハナシ

この記事では、わたしがインテリアヲタを経て断捨離ヲタになりミニマリストに憧れつつ、人生における手放しについて大袈裟に書き綴ったものです。

 私は小学生の頃からインテリアが好きだった。当時は築ウン十年の古い社宅に住んでおり、部屋は土壁&畳。友達宅の白い壁紙とフローリングに心底憧れていた私にとって、土壁畳は憎っくき条件だったため土壁を爪でガリガリしてツルツルにならないか試みたこともあった。そんなポテンシャルもへったくれもない環境でも、なんとか工夫しておしゃれ部屋にするために、お小遣いを貯めてスーパーの雑誌コーナーでご贔屓のインテリア雑誌を買い、隅々まで何回も読んでは「快適な空間作り」に勤しんでいた。100円ショップで小瓶を買ってきては近所で違法に摘んできたアイビーを水耕栽培して飾っていたし(雑誌の中のおしゃれ部屋の主はみんなアイビーを小瓶に入れて飾っていた)、暇さえあれば紙に家具の配置図面を描き、多いときは模様替えを週1ペースで敢行し、唯一の助っ人である父に「またか」と呆れられていた。当時の2段ベッドと勉強机は重かった。
 わたしは当時の年齢には多少不釣り合いな”mamaikuko”さんが大好きないわゆるインテリア&雑貨オタクだった。

 それから今までの約20年間で引っ越しを7回した。中3の時にフィリピンから日本に帰国するにあたって母の地元に根付くことになったので、両親が念願のマイホームを建てたが私は4年後には大学生になって家を出てしまった。よって両親のマイ・スイート・スイート・ホームに私は4年しか住まなかった。念願のマイホームだったと思うが最初の7年は父が単身赴任だったので4人で住んだことは1度もなかった、という事実に今気づいた(遅)。わたしの夫も転勤族のためわたしは賃貸歴が非常に長い。
 インテリア革命@賃貸はどうしてもポテンシャルが限られると思われがちだ。壁に穴はあけられないし、壁紙の上に壁紙を貼るのもいささか勇気がいる。ただ、土壁の社宅がLv3なら、今のリノベ済み賃貸はLv1000000×∞くらいのレベチだ。私はひとり立ちしてからかれこれ15年間「インテリア黄金期」を楽しんでいる。DIY記録もいずれ載せたいが今日は断捨離の話をしたいので追々。

 引っ越しを何度も繰り返すということは、おのずと生活の見直しを強いられるということだ。自分の持ちものを丸ごと移動するということで所有物の見直しを強いられるし、なんとなく家具の配置は同じだけれど、導線は変わってくる。これが功を奏し、我が家はおそらく他のご家庭よりも物が少なく、汎用性のある家具がそろっている。

 引っ越しのたびに「買った時の自分をぶん殴ってやりたい!」とビックリするくらいの大量のゴミが出るには出るのだが、引っ越しのたびにスリム化されてきていることに気がつく。物を増やさなくなった上に定期的に断捨離をするようになったからだ。断捨離にハマったのは社会人ホヤホヤの頃に手にした、ゆるりまいさんの「わたしのウチには、なんにもない」という本を読んだのがきっかけだった。ゆるりさんは東日本大地震をキッカケにミニマリストになられたと記憶している。わたしも「物を捨てたい病」に感染し、友人や親に苦言を呈されるくらいに物を捨てに捨てまくった歴史がある。親友はわたしに誕生日プレゼントをビビりながら渡してくるくらいに狂ったようにいらないものを捨てていた時期があった。親友がビビっていたというのは半分冗談で、半分本当の話。ちなみに親友からもらったもので捨てたものは1つしかない。あるんかい。

 コンマリメソッドも後押しし、心がときめく-いわゆるスパークルジョイ-しないものは全部処分していたわたしは、手当たり次第に毎日何かしらを捨てていたけれど特に何も困らないという事実に驚愕した。今までどれだけ不要なものに囲まれて生きていたのかを思い知った瞬間だった。と、同時に「手放す快感」に目覚めてしまった。
 相当、新社会人生活にストレスを溜めていたのか、自分の心の中のつっかえているものまで一緒に手放すような快感があった。ある程度捨てきったら、むやみに買わなくなったので、今は適量の物に囲まれて暮らしていると思う。好きなものだけに囲まれることによる利点は、
 1.ものが見えるようになったこと。どれだけお気に入りのものでも不要なものに囲まれると目に入りにくいのかもしれない。特に服はそうで、着る服がないということが以前はしょっちゅうだが今クローゼットに入っている服は98%は着る服だ。(喪服だけは…!)着るものに迷わなくなったのは超利点だった。量より質なんだね。
 2.余白ができるということ。8割収納というのはなんだか心の中にまで余白ができる気がする。反して、実家ってなんであんなにパンパンなのだろう…見てるだけで窮屈なキモチになるので帰省するたびに断捨離を敢行して母に嫌がられるわたしなのであった。

 昨年、たまたま「ナウシカ」を読んでから「新人生の資本論」を読んで、Netflixで「ミニマリズム」を見たら「ファッキン資本主義!」ってなった。大抵の人は同じようになると思う。あー、もうファストファッションとか衝動買いとか絶対せんぞという気持ちが強くなった。それでもいまだに私はザラジョ(ZARAが大好きな女子のこと。女子って年齢ではないけど)なのだが、少なく持ち、長く着てメルカリで売ってるから大丈夫。
 なんの大丈夫?

 断捨離を繰り返していくと手放すハードルがどんどん下がってくる。手放すのはスキルなのかもしれない。そうこうしているうちに10年勤めた会社員も手放してしまった。そのハナシはまた改めて記したい。

この連載は100記事まで書き溜めて出版することを目指目論んで書いています。1年プロジェクトです。レペゼン地球みたいに2週間で断念しないことを祈ってくださる方はスキをいただけると嬉しいです。

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