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詩 「親子の台本」



学校から帰宅した健二
居間にカバンを下ろし
キッチンの母をチラ見


熱心にネギを刻む母
おかえり、とは言わないが
それ風な表情を顔面に浮かべたのち
刻んだネギを鼻の穴に詰め始める
が、ネギのあまりの辛さに涙する


母が無言の涙を流している間
健二はスマートフォンの画面に夢中
しばらくするとキッチンから「フガフガ」という奇妙な音がするので行ってみると、母がゴミ箱を抱え、鼻に詰まったネギをフガフガしているのを目撃


母は涙を拭きつつ健二をチラ見
母を見つめる健二は無表情
だが母は内心確信している
あとひと押しで健二が笑ってくれると
数ヶ月前から健二は笑わなくなったのだ
学校で何があったのかは分からない
健二も事情を教えてはくれなかった
母は今、ゴミ箱を抱えながら
この数ヶ月、健二を笑わせるために実行してきた数々の奇行を回想する


〜回想〜

1.(バナナの皮で転ぶ演出をする母。翌朝、冷蔵庫の扉に「ありえない」と殴り書きされたバナナ型の付箋が貼られているのを発見)

2.(パンツを頭に被り、玄関に正座で待機、健二の帰宅を出迎えるも、健二はあっさり無視。その日の夕食の席にて、健二がオムライスにケチャップで「キモ」と書くのを横目で見る母)

3.(目尻をテープで下に引っ張り、普段よりタレ目の顔面で、風呂上がりの健二の前に佇む母。健二はタレ目を無視するが、コーヒー牛乳は受け取る。タレ目を輝かせる母)


ひとしきり回想が終わり
母が健二の顔を見上げると
必死で笑いをこらえる健二の顔
母は最後のひと押しとして、かねてよりエプロンのポケットに隠し持っていた〈変な声になるヘリウムガス〉を胸いっぱいに吸い込み、例のあの甲高い声で「フンガフンガ」と発声しながら鼻に残っていたネギを残らず出し切る。すかさずその声で「おかえり」も畳み掛ける


健二
爆笑



幸せ


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