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1945年に実施された、アウシュヴィッツ・ビルケナウの毒ガスに関する法医学調査について。

またしても、ネットの修正主義者にやられました。ある修正主義者の論文をボケーっと読んでいて、「え? まさかあれも?」と。私は割と最近、以下のnote記事を投稿していました。

この中の文章を引用します(引用の引用である)。私の地の文章ではなく、引用した先のYahoo知恵袋にいた修正主義者の文章です。

ホロコーストではこれまで国際委員会あるいは法の下での司直の手で、凶器とされているものが探され、発見され、法医学的に検証されたことはありません。
<中略>
一つの大量埋葬地も今日まで、探されたことも、発見されたこともないのです。そして、これと関係する施設が発掘・検証されたこともありません。

この時引用しなかった、Yahoo!知恵袋にある文章も引用する。

非常に多く存在したとされている焼却場のどれ一つとして、捜索・発掘・検証されたこともないのです。

この程度の文章、誰でも普通に書けるレベルだと思うじゃないですか。だからまさかこれすらコピペ(正確には文章をちょっと変えたもの)とは思わないじゃないですか。ところが、あるところに以下の文章がありました。

  • 一つの大量埋葬地も今日まで、探されたことも、発見されたことも、これと関係する施設が発掘・検証されたこともない。14

  • 非常に多く存在したとされている焼却現場のどれ一つとして、捜索・発掘・検証されたことはない。

  • 国際委員会あるいは法の下での司直の手で、凶器とされているものが探され、発見され、法医学的に検証されたことはない。

もうね、唖然としました。まさかそこまでコピペだったとは。コピペ元と推察されるのはこちらです。その記事の著者とされている「マンフレッド・ケーラー」はゲルマー・ルドルフのペンネームです(自分自身でそう言ってます。何故ペンネームにしたのかはよく分かりません)。Yahooの文章は検索よけを考えたのかどうかまではわかりませんが、姑息にもちょっと文章を変えてあるのです。

前にも似たような発見をしたことが何度もありますが、ネットに巣食う否定者にはこの手のコピペをしつつ、コピペ元を示さない人が結構いるように思えます。否定論チャンネル『ホロコースト論争』なども、その動画内ですらきちんとした一次引用先を示さないことがほとんどで、何故か動画主が見たはずはない海外文献名が示されています。もちろんその一時引用先に、海外文献名が参照文献として示されているからなのでしょうが、一時引用先を示されないと、動画主がほんとうは何の資料を見ているのか分かりません。

日本のホロコースト否定者である西岡昌紀の文献名の示し方が杜撰であることも以前紹介しましたが、

海外の修正主義者はその辺は意外と真面目なようなので、我が国日本の修正主義者たちの低レベルさには呆れるしかありません。流石にその辺は、大学教授だった加藤一郎氏はきちんとしていました。

さて、今回は最初に紹介したリンク先の資料ページの翻訳です。アウシュビッツの法医学調査は、何もロイヒターが最も最初なのではなく、戦後すぐに行われていたというものです。昔の日本における否定論への反論のあった「対抗言論」のページでも紹介されていましたが、さすがにその内容自体は紹介されていませんでした。ともかくその翻訳をご覧ください。今回は短いです。日本語へは、下記リンク先にある英語訳から翻訳しています。なお、今回はいつものDeepLではなく、みんなの自動翻訳@TexTraをテスト的に使っています。

▼翻訳開始▼

ポーランドにおけるドイツ犯罪調査のための主要委員会
クラクフの地域課
クラクフ、1945年6月4日
クラクフの法医学専門研究所へ

添付書類の中で、我々は、ブルゼジンカ(註:ビルケナウのポーランド語での地域名称)の火葬場オーブンで燃やされる前に、ガス処理後に切り取られた女性の死体からの毛髪を研究所に送った。それは紙袋に詰められており、ラベルによると22.5 kgの毛髪が入っている。我々は、(毛髪に)どの毒が含まれているのか、またどの毒が含まれているのかを明らかにするために、刑事訴訟法第254条に対応する手続及び刑事訴訟法第123条、第138条に関連する手続において、(袋の)内容物を調査し、検査することを要請する。

同じ方法で、同じ目的で、我々は、火葬場での現地調査で発見されたガス室(ブルゼジンカの第二火葬場の死体地下室第一号)の換気口からの板金板と、この室の側壁から採取されたモルタルの検査を求める。これらの物(板金製の換気口の完全な閉鎖板4枚と破損した閉鎖板2枚、及びモルタル塊)は、1945年5月12日に、保存するために研究所に手渡された。

委員会のメンバー
カウンティの丸印
クラクフの裁判所
検察官
審査判事
読めない印
署名を読み取れません
(エドワード・パチャルスキー)
(ヤン・セーン)

クラクフの法医学専門研究所の報告書、1945年12月

Po. Nr. 171/45
クラクフ、1945年12月15日
ポーランドにおけるドイツ犯罪の調査のための主要委員会へ
クラクフの地域課

毒性学的評価

ブルゼジンカ(ビルケナウ)の火葬場に関する調査に関連して、1945年6月4日の委員会の要請により作成された。

試験の対象

1945年5月12日、ブルゼジンカの第二火葬場で現地調査中に発見された換気口の閉鎖板4枚と損傷した閉鎖板2枚が検査のために届けられた。これらは同じ火葬場のガス室(死体安置用地下室1)の換気口からのものであった。

6月4日、検査のために紙袋が届けられた。ラベルによると、この紙袋には25.5 kgの髪の毛が入っていたという。この髪の毛はガス処理後、ブルゼジンカの火葬場オーブンで燃やす前に女性の死体から切り取られたものであった。

I. 通風口の閉鎖板の検査

閉鎖板は、通風口の設備として通常の形状及び長方形の箱状の構造であり、亜鉛板で作られており、すべての部分の表面は白色の強固に接着したライニングで覆われていた。

1台の換気装置の表面をブランク金属までこすり取り、プレートの内側全体とガス室に面した格子の部分をこすり取り、7.2 gの試料を得た。

試験装置は、分液ロート付き小型ガラス球と3本のガス吸収瓶付きガス吸収装置から構成されており、各瓶に10%水酸化カリウム溶液約4 mlを注入した。

削り取ったライニングをバルブ内で水と混合し、バルブを吸収容器に連結した後、濃硫酸を分液漏斗で滴下してガスが均一に発生するようにしたが、過熱は発生しない。最後にわずかに温めながら、バルブの内容物が完全に溶解するまで反応を続けた。吸収瓶を空にし、その内容物を次の試験に供した。

a)液体4 mlを強く冷却し、希硫酸で注意深く中和し、pH 8.0の炭酸ナトリウム-炭酸水素ナトリウム緩衝液の数滴でアルカリ化し、少量の硫酸鉄(II)と混合し、時々振り混ぜながら30分間放置した後、硫酸で注意深く酸性化したところ、生成した紺青が鮮やかな緑青色に発色した。

b)4 mlの液体を多硫化アンモニウム溶液の数滴と混合し、5分間沸騰させ、冷却した混合物を過剰の硝酸カドミウムで沈殿させ、濾過し、濾液を塩酸で酸性化し、硫酸鉄()溶液と混合した結果、生成したチオシアン酸塩は透明なオレンジ色に着色した。

上記の両実験は、試験材料が青酸の結合を含むことを証明している。

II. 頭髪の検査

袋は2層の厚い紙でできており、上部を数回折り畳んで閉じていたが、袋を開けた後、束や三つ編みの頭髪が強く詰まっていた。

袋の中身は以下の試験に提出された。

1.頭髪からの蒸留物の検査

袋を開いた直後に、150グラムの三つ編みの毛を内容物の中間部から採取し、迅速に切断し、蒸留バルブ内の水で覆い、硫酸でわずかに酸性化し、水蒸気で蒸留した。蒸留物を氷で冷却したバルブに集め、この蒸留物をI a)およびb)に記載したように試験した。

紺青反応は非常にわずかな緑-青の着色を示し、チオシアン酸塩試験はわずかな黄-オレンジ色の着色を示した。

2.第二次試験

その最初の部分は1.で述べたように行われたが、500グラムの組み紐が検査に使用された。これは袋の中央部から採取されたものであり、200 mlの蒸留液が集められたが、直ちに検査したところ、ほとんど目に見えない紺青とチオシアン酸塩反応を示した。

この蒸留物をVigreuxカラムで蒸留分画した。15 mlの蒸留物を、少量の強く希釈された水酸化ナトリウム溶液を含む氷冷したガラス球に集めた。蒸留物の分析は上記のように行った。紺青反応は透明な青色を示し、チオシアン酸塩試験は透明な橙-赤色を示した。

3.毛髪からの水抽出物の検査

約2~2.5リットルの水に5 kgの三つ編みと押し合わされた髪を混ぜて液で覆い、室温で16時間抽出した。リトマス試験紙に対して中性に反応した水様の抽出物を傾瀉し、硫酸でわずかに酸性化し、2に記載したように試験したところ、紺青反応はわずかに青色に、チオシアン酸塩試験はわずかにオレンジ色に着色した。

頭髪は室温で水溶液中に青酸を放出したことが証明された。

III.頭髪中の金属部分の検査

青酸の分析が終了した後、袋の内容物を徹底的に検査し、頭髪と組紐の中に発見された金属物を取り出して分類した。次のオブジェクトが見つかった:

a)少なくとも14カラットの金で強く金メッキされた金属製のメガネホルダー1個

b)亜鉛製ヘアクリップ

(c)真鍮製のヘアクリップ及びピン

上記の対象は、経験によって示され、また理論的にも正当化されるように、ある種の金属はシアン化水素と特に強く結合するので、別の試験に提出された。

1.亜鉛製ヘアクリップの検査

175 gの試験物質を上記Iに記載したように試験したところ、紺青反応はわずかに緑-青に着色し、チオシアン酸塩試験はわずかにオレンジ色に着色した。

2.真鍮製のヘアクリップ及びピンの検査

20,7 gの試験物質を上記Iに記載したように試験したところ、紺青反応は透明な青色に発色し、チオシアン酸塩試験は透明なオレンジ色に発色した。

3.メガネホルダーの調査

全重量3.23 gの眼鏡ホルダーをバルブ内で水で覆い、メチルオレンジを指示薬として硫酸で酸性化した。その後、ビグリューカラムで蒸留を行い、蒸留物を氷冷水中に集めた;10 mlの蒸留物を得た。4 mlの蒸留物で行った紺青反応は、薄いが完全に透明な青色に発色し、4 mlの蒸留物で行ったチオシアン酸塩試験も明るいが透明なオレンジ色に発色した。

これで試験は終了した。

上記の実験の間に使用された全ての試薬および装置は、それらの清浄度および精度を保証するために事前に検査されていた。

評価

I)ブルゼジンカの火葬場IIのガス室(死体安置用地下室1)の換気口から出ている亜鉛シートで作られた換気口の閉鎖板において、青酸接続の存在が証明された。

II)ガス処理後に女性の死体から切り取られた頭髪に青酸の存在が証明された。

クリップ、ヘアピン、金メッキされたメガネホルダーのような、頭髪の間に発見された金属物は、依然として比較的大量の青酸結合物を含んでいた。

研究所長
(ヤン・Z・ロベル博士)

▲翻訳終了▲

1960年代に実施されたビルケナウの野外埋葬箇所での発掘調査があるのですが、こちらの調査結果はまだ見つけていません。確か、民間の会社によって300箇所くらいの発掘をおこなって、遺骨や毛髪などを見つけたという内容の報告だった記憶があるのですが、短くそれがどこかに書いてあった記憶があるだけで、多分報告書自体はアウシュヴィッツ・ビルケナウ博物館が所蔵していると思うのですが、それ以上はまだ不明です。

上記の、青酸検出試験に対する修正主義者の言い分は、その調査結果は害虫駆除作業によるものである可能性があり、ガス室があった証拠にはならない、だと思います。毛髪の検査に関してはその言い分は可能性として否定は出来ませんが、換気扇の亜鉛パーツについてはそれはどうなんでしょうね。ガス室があったとされる死体安置用地下室1(Leihenkeller 1)の換気扇ですしね。その場所で害虫駆除作業が行われた証拠などありません。また、換気扇パーツ及び毛髪、その他の金属物からの青酸検出結果は、ガス室でなかったことを証明するものではありません。むしろ、ガス室だったことを示す他の文書や証言証拠などをを裏付けるものでもあります。

それよりさらに重要なことは、マンフレッド・ケーラー、すなわちゲルマー・ルドルフによる冒頭で示した「国際委員会あるいは法の下での司直の手で、凶器とされているものが探され、発見され、法医学的に検証されたことはない。」は嘘だということです。この報告は「ポーランドにおけるドイツ犯罪調査のための主要委員会」という法の元での司直の手そのものであり、法医学的に凶器とされる毒ガスを調査したものです。三つの文章共に全部嘘です。

ルドルフのような著名な修正主義者が、知らないわけはないと思うのですが、もしそうなら確信犯的に読者を騙す嘘をついていることになります。私は個人的に、ルドルフはホロコーストやガス室が嘘でないことを知りつつ、過去のドイツ(ナチスドイツ)の名誉を守るために、わざと嘘をついているのではないかと疑っています。その事実を知る術はありませんが、何故あんなバカなのか、そうでなければ説明できません。

今回は、多分、あまり知られていなかったと思われる戦後のアウシュビッツ収容所における毒ガス成分の検出試験は行われていた報告の紹介でした。

追記:ルドルフの「三つの文章共に全部嘘」とは述べましたが、元記事には脚注14があります。それによると、この論文執筆より少し前にベウジェツの発掘調査があったことを述べた上で、その調査結果がその時点で公開されていないことに疑念を示しています。しかしその調査結果は公表されています。

発掘調査は他にもあるので、いずれ関連記事の翻訳などをしたいとは考えていますが、いずれにしてもルドルフの主張は嘘です。

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