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ホロコースト否定論への反論入門(2)

1.ホロコースト否定論に対応するための心掛け

1.1 情報量の多さにどう対処するか。

前回記事で、ガス室について触れようと予告しましたが、その前に、ホロコースト否定論から提供される「情報量の多さ」や、その他の心がけのような内容について解説しようかなと思いました。

先ず否定論との戦いは、情報量との戦いでもあります。前回記事でも述べましたが、今でもずっと延々世界各国の歴史学者を始めとして、調査・研究が続いている分野です。それを考えるだけでも、莫大な知識がないと立ち向かえないのではないかと錯覚しそうです。

その上、否定論とやりとりしようとすると、恐ろしく細かい情報が普通に頻発します。例えばアウシュヴィッツ・ビルケナウの建設段階の中央建設部からWVHAに宛てた1943年1月26日の書簡には云々、と言われたって初学者には何のことやらさっぱりわからないでしょう。

普通に、論争の先端というか、厳しい議論になっている場合には。芝健介氏による新書本一冊読んだ程度で済むレベルの議論などしていない(*)ので、面食らう人が多いに違いありません。私たちは、知らない情報に対しては非常に無力なところがあります。

*:決して、柴先生の新書がレベルが低いと言っているのではありません。むしろ、非常に完成度の高い新書だと思います。ネット上のホロコースト否定派の人のほとんどは、新書レベルの知識すらないです。

ですから、例えば、ビルケナウの火葬場の図面には、ガス室とは記載されておらず、Leichenkeller(死体置き場)と書いてあり、正史派の言っていることは誤りである、と言った細かい議論には大抵の場合、適切な反論ができないことばかりとなります。そして、そう言われたうちの何人かは、ころっと否定派側に転んでしまうに至るのです。

「ほほう、なるほど、ホロコースト否定論は出鱈目だと聞いていたが、裏付けとなる資料はしっかりたくさんあるようだし、こうやって真剣にその主張を聞いていると、かなり納得できるところも多い。世間で言っているような「出鱈目な主張」というイメージとは随分と違う。もしかして……」

となってしまう人がかなり多いようです。そして、ゲルマー・ルドルフやカルロ・マットーニョのような否定者は、

「実際に、ガス室とは証明されていないのです。むしろありとあらゆる点でそこがガス室だとすると、おかしなことが山のようにあります。例えば、210㎡の広さしかないガス室に、3,000人ものユダヤ人が入ったとされているのですが、何と驚くなかれ1㎡に14人も詰め込まれた計算になります。たった1㎡ですよ? そんな馬鹿げた主張があり得るわけがありません。クルト・ゲルシュタインという人が書いたとされる報告書だともっと酷くて、たった25㎡に700〜800人も入ったと書いてあるのです。いいですか、700人の最小値をとっても1㎡あたり28人ですよ? 無茶苦茶にも程があります。したがってこれらの主張には信憑性などまるでないことははっきりしているのです」

などと、饒舌にあなたを説得しようとしてきます

この内容自体への反論は別でしているのでそれはいいとして、例えばここで出てきた情報、210㎡や25㎡のガス室だとか、ゲルシュタインであるとか、あなたはおそらく何も知りません。そしてまさかそんなバカな、とあなたは例えばアウシュヴィッツのガス室の図面をどこかで入手し、否定派の言っていることが事実であり、その面積が嘘でないことを知るのです。ゲルシュタイン報告にも本当にそう書いてあることを知るでしょう。

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J-C・プレサック『アウシュヴィッツ ガス室の操作と技術』p.278より。ガス室の寸法はこちらで記載したもの。

つまり、否定派は表面上、嘘をついてはいないことを知ると思います。どうですか? 自身が無知なところにこうした理詰めで迫られると、否定派に転びそうになるのも不思議ではないという気がします。柔道で言うと、知識で押さえ込みに入られて、理詰めでタイムアウトを喰らう、寝技で一本取られるみたいなものですね。

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しっかり考えて欲しいのは、ホロコースト否定派が根拠にしている欧米のプロのホロコースト否定論者の主張の背景には、普通の歴史学者と同程度、場合によってはそれ以上の資料を有していたりするのです。『否定と肯定』でも有名なあのデヴィッド・アーヴィングは学者ではありませんが、学者のはるか上をいく資料蒐集家だったことは有名です。彼は誰も知らないような資料をいくつも知っていました。

そして、そうした研究熱心なプロ否定論者の書いた大量の論文を背景にして、例えば日本だと歴史修正主義研究会などから翻訳資料として情報を入手し、動画を作って公開したりしている人がいるわけです。ネット上に巣食う、ホロコースト否定論者にはこうした沢山の知識を二次的あるいは三次的に得て、否定論を打つ人がかなりいます。あなたが対応するであろう直接のネット否定派は実際には大した知識を自らは持っていないのですが、ネット否定論者はそうした膨大な量の情報を駆使して沢山の否定論を産出しているプロ否定論者の、いわば先行研究を利用しているようなものなのです。

これらにまともに反論するのは非常に骨が折れます。正直言って、相手にするのはやめておいた方が無難であり、デボラ・E・リップシュタットが言うように、否定派と同じ土俵で議論などすべきではありません。時間を無駄に費やすだけなので、否定論など相手にせずに、ごくごく普通にホロコーストを学ぶ方がより有意義な人生を過ごせると思います。

しかし、この記事を読んでいるあなたは、「それはそうかもしれないが、奴らに一泡吹かせたいんだ」のように思っている人もいるでしょう。もちろん、私はそうした考えを持つ人に、自分の経験を踏まえて、どうにかして「一泡吹かせる方法」伝えたいと考えています。


1.2 否定論対抗のための知識を得るには

当然のことですが、ある程度の知識はどうしても必要です。最低限、2回くらいは芝健介氏の『ホロコースト ナチスによるユダヤ人大量虐殺の全貌』を読み通すレベルでないといけません。もちろん、一字一句覚えるくらいに何度も読むのもいいでしょう。ちなみに私は一回しか読み通していませんけどね、何となかるだろ、と思って(笑)

しかしこれだけでは、ホロコーストを学ぶには十分なのですが、否定論に反論しようとすると全く不十分です。なぜなら、前述した通り、細かい情報はほとんど記述がなく、新書が故に情報量が少ないからです。一番の早道は、ホロコースト否定論を反論している記事をネットで探して読むことです。例えば、以下のようなものがあります。

これは、三鷹板吉さんという方が、何と1996年、つまりこれを書いている現在から遡ること25年も前にネットに公開された否定論への反論記事です。元々は、アメリカにある歴史見直し研究所(IHR)という組織が配布していた否定論のパンフレット『ホロコーストについての66の疑問と回答(『66Q&A』というものがあり、当時はアンチホロコースト否定論で最も有名だったNIZKORというサイトが、このパンフレットに対して反論した、その翻訳が上のリンクです。

今でも十分使える議論が豊富に掲載されていますが、一点だけこの記事には難点があって、インターネット黎明期なので仕方ないのですが、リンクがありません。インターネットはリンクがありきで成り立っているので、最新のブログ記事などの場合は、普通に記事内に使用文献などのリンクを貼ってあって簡単に参照できるのですが、この時代のものはそのようなサービスがないものが多く(元々Webは最初からハイパーリンクが重要だったのですが…)、この記事で語られている元の情報を探すのが大変なのです。

次に紹介するのも、同じ系統というか、アーカイブからです。

発言録特別編 -- 木村愛二氏とのガス室論争

タイトルは木村愛二氏の名前だけが記載されていますが、マルコポーロ事件で有名な西岡昌紀氏も登場する、1998年〜2000年頃にかけて、メーリングリスト上で行われていた議論のまとめです。高橋亨という人物が誰なのかよく知らないのですけど、その昔、対抗言論というサイトを運営してた人で、昔は日本の歴史修正主義論争界隈では結構有名だったそうです。山崎カヲル氏はググっていただくとわかるかと思います。

ここにある議論は、木村氏があまりにグダグダとユダヤ人がーシオニストーがーなどの持論を長々と述べつつも、本題の議論にはほとんど紙面を費やさないという酷い議論をするのですが、高橋氏も山崎氏もそうした持論は相手にせず、サクッと本題の議論をしてくれるので、高橋・山崎両名の発言を読むだけで勉強になります。両名ともに非常に知見が豊富であり、現時点でも私如きでは全く敵いません。ちなみに、マルコポーロ事件で有名になってしまったのでどうしても西岡氏の方がネームバリューは上ですが、論争の実態は木村愛二氏が主役です。西岡氏の大半の議論は実際には木村氏のものだと思います。学歴では判断したくありませんが、木村氏は本当に東大出身なのか? と考えざるを得ない人物です。

なお、このメーリングリスト上で行われた論争の紹介記事には、高橋氏、山崎氏共にしっかり脚注リンクを貼ってくれていますが、古いので多くのリンク先は消失しています。どうしてもそれらの情報が得たい場合は、文献名でGoogle検索を行うとその多くはヒットしますし、アーカイブでリンク検索をかけるのも有効です。

続いては三つほど、上記の山﨑カヲル氏による記事のあるページを紹介します。いずれもアーカイブリンクです。

ホロコーストを否定する人々

『アウシュヴィッツの争点』が振りまく虚偽

アウシュウィッツ「ガス室」の真理』の虚偽

コテンパンに木村氏と西岡氏が論破されてる記事集です。読んでいても、非常に痛快であり、傑作だとも言えます。私にはここまで鮮やかな議論は無理です。山﨑氏の調査能力にも脱帽します。あと、ちょっと変わり種でこんなのもあります。

軍事板常見問題&良レス回収機構:ホロコーストFAQ

昔は2ちゃんねる、今は5ちゃんねるの軍事板に投稿されたコメントの中から「良レス」を回収して、このサイトにどんどん貯めていってるサイトで、形式からかなり古いことがわかると思いますが、今でも更新が続いているようです。その中にあるホロコーストFAQ集です。私はほとんど見ておりませんが、軍事板の傾向としては、何よりも広範な知見を元に、出来るだけ定説ベースで見解を述べる傾向があると思います。浅く広くと言うか、深い話ももちろんあるとは思いますが、ホロコースト論争だけに集中しているのとはまた違った視点になっているのではないかなと思います。


というわけで、日本語で読めるアンチ否定論のサイトをいくつか紹介してみました。が、これでもまだ全然論点は足りておりません。

私が海外サイトの記事を中心に二百記事近くnote記事で翻訳記事を紹介したりしてきておりますが、それでもまだカバーしきれません。よくもまぁ次から次へと嘘ばっか……というか、論点があるものだと呆れるくらいにまだまだあるのです。もはや到底覚えきれません。

したがって、どんなに頑張って知識で防御、あるいば知識の武器を装備しようとしても、限界があります(際限なく知識を身につけるという方法もありますし、私自身まだ足りていないとは自覚しております)

こんな感じですので、「こりゃ私には無理だ……」と思われてしまう方もいらっしゃるかと思いますが、実は、知識は確かにある程度は必要なものの、アンチ否定論はそんなに難しいという話でもないのです。大事なのは知識より、理屈や論理の面なのです。次でそれを述べたいと思います。


1.3 ホロコースト否定論は空虚。

書き忘れないうちに、大事なことを述べておきます。ホロコースト否定論は100%間違いです。それをまずしっかり頭に叩き込んでおいて下さい。

要するに、考え方そのものがおかしいのです。例えば、仮に、自分自身の出生に疑問を持ち、自分の今の親が、実の親ではない可能性に気づいて、疑い始めたとしましょう。今の親は何となく自分とはまるで似ていなくて、自分自身の赤ちゃん時代の写真はないし、戸籍謄本を取りに行こうとしたら、その処理はこっちでするから何もしなくていいとかいうし……どうも怪しい、と。だからと言って、あなたの実の親が実はいない、なんて結論になるわけがありません。仮に今の親は実の親でなかったとしても、別人として実の親は100%存在します。だから、今の親が実の親ではないことだけでなく、あなたは本当の親は誰なのかが気になるはずです。

ところがホロコースト否定論は、この前者だけを問題にするのです。つまり、ホロコーストはなかったんだ、とだけ主張しつつ、では何故ホロコーストはあるとされてきたのかについて、否定派が整合的な説明をすることは全くありません。否定派に言わせれば、それはユダヤ人の陰謀であり、連合国の陰謀であるという、全く実態がわからない、具体的な人物や組織の名前も一切出てこない、一体どうやって捏造したのかもわからない、それらの「本物の悪」が証明されることは絶対にありません。せいぜいが、イスラエルが賠償金目当てだとか、連合国が自国の正当化のためにだとか、単なる仮説が強調されるに留まります。

ホロコースト否定派は「ホロコーストは実はなかった」と言えればそれでいいだけなのです。「ホロコーストはこれだけおかしな点がある」、「不可解である」、「辻褄が合わない」、「あり得ない」、「嘘ばっかりである」、等々、極端な話が、それしか言わないのです。こんなものが、まともな論理である筈がありません。私たちが知りたいのは、本当のこと、すなわち事実であり真実であって、ホロコーストが嘘であるかどうかなのではありません。では本当はどうだったのか、が知らなければならないことのはずですが、否定派からそれが提示されることは絶対にありません。

どうか自分なりの理解で結構ですので、ホロコースト否定論の正体は実際には中身は空っぽだと肝に銘じておいて欲しいです。


1.4 ホロコースト否定を正当化する論理に注意

これは何のことかと言うと、具体的には、欧州を中心にして多くの国がホロコースト否定を主張することを法律で禁じている状況を、ホロコースト否定論者が逆手に取る、それを意味します。例えば以下のような主張をよく聞くでしょう。

ホロコーストを検証させないのはあまりに異常である。言論の自由を侵害し、学問研究の自由さえも奪っている。明らかにこれは言論弾圧であり、こうした動きには全く正当性がないのは火を守るより明らかだ。他の歴史問題に関してはこのようなことはないのに、ホロコーストだけは異常である。ユダヤ人組織やイスラエルなどの圧力があるに違いない。

詳しい話は、「ガロディ事件」などでググってみるとこうした法的規制に関する日本語解説論文が見つかるかもしれません。例えばこんなのがあります。

これ、結構難しい話でして、スキンヘッド(今はもう珍しいらしいですが)のネオナチ・極右・人種差別団体のようなものをイメージすると、このホロコースト否定の主張が、いわゆるヘイトスピーチとなり得るという理屈そのものは理解できるかとは思います。

私自身は、欧州人ではないし、状況をよく知りませんが、ホロコースト否定に賛同する人は、普通にめっちゃくちゃ多い(割合ではなく数)と言うのは知っています。それら極右や賛同する人たちが、反ユダヤ主義者ではない確率はかなり低いと思われます。

プロのホロコースト否定論者である重鎮のフォーリソンなどは、反ユダヤ主義的主張を隠し立てすることはしなかったですし、デヴィッド・アーヴィングも反ユダヤ主義者だとリップシュタット裁判の判決で認定されています。しかし、だからと言って十把一絡げに、全面禁止というのも、私自身は理解はしても、若干疑問に思わなくもありません。

何故かというと、前の記事でも少し話しましたが、こんなことまで起きているからです。

特殊なケースではあるとは思いますが、それでも法律で言論規制をするというのは、これは上で示したホロコースト否定派の例文の通り、確かに異常だと思います。

とは言え、ポーランドの事例は別として、ホロコースト否定論は明らかに明白なデマであり、犠牲者の気持ちを痛く傷付けるものであるばかりか、反ユダヤ主義を煽る原因ともなるわけですし、「主張してはいけない」ものとして明示的に禁止せざるを得ないとも思いますから、非常に難しい問題です。

しかし、そうした「難しい問題」を別にして、ホロコースト否定論者達が上のような主張をするのは、ホロコースト否定論の正当化になっているという面に視点を向けるべきです。否定論者達は、それが反ユダヤ主義であるということを認めたりはしません。そうではなく、例えば「ホロコーストの疑問を投げかけているだけだ」、あるいは「ユダヤ人の被害についてなのだから、被害者が偽の言い分を主張をすることはよくあることだから、そのことを言っているだけだ」などと主張するのです。

否定論者達は、断じて、ホロコースト否定論の禁止が実は「難しい問題」であることなど認めたりはしません。むしろ、何の罪もない自由な個々人の思想をどうして奪うのか?と、それらの規制法律をまるで魔女狩りのように言います。そしてあくまでもホロコースト否定論者は犠牲者であると主張するのです。否定論者達は「難しい問題」を一緒になって考える気など全くありません

従って、否定論者のそうした主張は、一見まともなことを言っているようで、その内実は自分たちの主張に賛同して欲しいという主張なのです。とは言っても、日本のネットにおける一般否定派が言論の弾圧だーなどと主張するのは、単に以前から流布されているそうした否定派の主張に感化されているだけですし、日本では別にホロコースト否定の主張をすることは禁止されていないので、「へー、だから?」と軽く流すのが一番いいのかもしれませんね。そういう人たちは単に同意を求めているだけですしね。


1.5 ホロコースト否定論が使う基本戦術。

印象操作戦術

最も否定論者達が使う基本戦術は「印象操作」です。

いんしょう‐そうさ〔インシヤウサウサ〕【印象操作】 の解説
相手が抱く自らや第三者への印象を、自分にとって好都合なものになるよう、情報の出し方や内容を操作すること。
goo 辞書より

「印象操作」という用語は、安倍元首相が国会答弁などでよく使った言葉であり、要するに「悪イメージを与える言い方をしているだけじゃないか!」と野党に怒っていたりしたわけですが、実際、印象操作手法を使う方は非常に簡単であり、効果も非常に高いため、ありとあらゆる状況下で用いられていると思います。広く考えれば、私たちが例えば毎日お風呂に入ったり、清潔な格好をしたりするのでさえ他者への印象操作の一種でもあるので、印象操作から離れて生活する人はいないと思います。

しかしここでいう「印象操作」とはホロコースト否定論に誘導するという明確な目的を持って行われます。但し、否定派が意図的にやってるかどうかは別です。例えば、ガス室を疑問に思い、「ガス室っておかしいと思いませんか?」と誰かにただ純粋に疑問をぶつけているような場合もあるだろうと推定されるので、そこに悪意があるのかないのかは正直、区別は難しいでしょう。

しかしながら、純粋な疑問であれ、意図的な誘導であれ、ホロコースト否定派にはこれがやたらと多いという印象(こうした言及自体も印象操作ですが…)が私にはあります。ただし、注意して欲しいのは、印象操作それ自体は大した問題ではない、ということです。問題は、そうしたホロコースト否定派から与えられた印象だけを信じて、事実を確かめようとしないようになることです。

例えば、アウシュヴィッツのプールという否定派が定番的に使う印象操作道具があります。

もちろん、あなたは今読んでいるこの記事や、あるいはまた否定論をどうにかしたいと考えているでしょうから、あなた自身がこれにころっと印象操作されるということはないと思います。さて、プールや病院がアウシュヴィッツに存在するという事実に対する違和感を感じてしまった人たちは、どうして否定論に傾倒してしまうのでしょう?

・思っていたことと違うから
・無知だから
・プールがあったって、絶滅政策に別に矛盾しているわけではないと考えることができないから
・そのように絶滅収容所にプールがあるなんておかしいじゃないか!と強く主張されて、その主張に抵抗できないから
・プールの件を持ち出すと、アンチ否定派などは「それは1944年に作られた単なる防火用だ」などとムキになって否定してくるのが、さらに怪しいと思えるから

そんなところではないでしょうか。人はこうして、印象としてギャップを与えられると、その意外性の方の注目しがちです。一人暮らしのボロいアパートに住む冴えない中年男性の預金通帳を見て貯金が何億円もあったら、吃驚するのと同じです。これがそのような中年男性ではなく、どう見ても金持ちにしか見えない人であれば、それほどは驚かないでしょう。そして、「えー?なんでなんで? なんでそんなお金を持っていてあんなボロいアパートに住んでるの?」とその理由を知りたくなるものです。でも、その理由をその中年男性は一切言わず、全然わからないとしたらどうでしょう?

「理由を言わなないのは、きっと何かまずいことでもあるに違いない、怪しい……」とでも思わないでしょうか? 問題はこれなのです。事実を確かめることもなく、勝手な憶測に過ぎないものを事実と思い込むことの方なのです。こうした心理的な問題が、例えば刑事事件での冤罪になったりしているわけです。ホロコースト否定派がやっていることは極論すれば実はそれだけなのです。「ホロコーストは何か怪しい」と思い込ませてしまったら勝ち、みたいなものです。

・複雑論理戦術(科学論理戦術)

勝手に私が名付けましたが、情報量の多さで勝負してくるのと似たようなものです。この複雑論理にはもちろん、情報も多く使われます。その代表例が、アウシュヴィッツの火葬場の能力に関する議論です。詳しいことはまた、後で具体的に説明していきたいと思いますが、火葬場の能力に関しては、まず、素人ではさっぱり分からないと言う問題があります。そして、大量遺体焼却の実例が、ホロコーストにおいてしか存在せず、他の事例との比較が非常に困難というのも問題であり、さらにはどう考えても実証実験も無理で、確実に確かめる方法がないのです。

もちろん、優れたアンチ否定派による火葬場に関する否定論への反論はあります。

ところが、私自身がこれらを翻訳していても、なっかなか理解が追いつきません。マットーニョが杜撰な理屈を披露していることくらいはわかりますが、詳細については正直、今でさえうまく解説できるかどうか自信はありません。

否定派は、こうだから無理だ、ああだから無理だとだけ言っていればいいので楽なものです。ゲルマー・ルドルフの定番否定論は「複数遺体同時焼却? 無理です、そもそも火葬炉の口は狭くて複数遺体などはいるわけがありません。遺体を入れる口の手前には炉の遺体をスムーズに投入するために担架を固定するローラーがついており、それが邪魔をして一体しか遺体を入れられません」なのですが、確かめようがありません。まさかアウシュヴィッツに現存する火葬炉を使って実験なんて不可能です。

マットーニョはさらに、人体焼却に必要なコークス量や、一体の人体を焼却するには遺体からの水分を蒸発させる熱量が必要だとかなんとか、遺体を複数入れたら炉が詰まってしまうとか、火葬炉の耐久性の問題など、ありとあらゆる面から攻撃してきます。しかも、大量にさまざまな資料を使います。これを三十年近く論じ続けているそうですから、大したものです。そうやって、ありとあらゆる角度から「無理です」と主張されるわけです。

対抗策が、これらの論理に、論理を持って反論する以外にないので、真面目に反論しようとすると脳がパンクしそうになります(私の場合)。ガス室についても、これはルドルフ理論みたいなものがあって、これもまた、大量殺戮なんてできるわけがない、換気能力が足りないから遺体をすぐ搬出できたなんて嘘だ、ガスですぐ死ぬわけがない、とそれなりに科学的根拠を持って論じてくるので、反論するにはそれ以上の科学的根拠が必要になります。

ただし、これらの複雑論理というか科学理論を、完全に把握しているネット否定論者などいない、と思って下さい。言い方は悪いですけど、ホロコースト否定論に傾倒してしまうレベルの人たちなので、そんな難しい理屈を理解できるわけがないのです。またネット否定論者の人たちは、アウシュビッツ・ビルケナウの地形や構造すら理解していない上に、ただそれら否定論者の言い分を間に受けて信じているに過ぎないため、恐れる必要はないことだけは言っておきましょう。

断言嘘戦術

これはもう、「そんなことあるわけねーだろ」のように、頭ごなしに決めつけるやり方です。断言する人って、どうしてあんなに強く断言できるのか若干理解しかねるのですが、断言されると、それを聞いた人は「なんだそうなのか」とあっさり信じ込んでしまうことが結構あるようですね。例えば「2,000〜3,000人もたった210㎡に入るわけがないだろ、バーカ🤣」攻撃を受けたことがありますが、実際にこれがどうなのかを調べようとするとかなり大変です。私は偶然、明石花火大会歩道橋事故の報告書(元々はWikipediaに載ってた)を見つけたからですが、この報告書にはこんな表があります。

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そしてこう書かれています、「なお、この6,400人が滞留している時には、歩道橋全体として9〜10人/㎡、歩道橋南半分の極度に密集したと考えられる部分では、最大13〜15人/㎡という密集状態にあったことを確認しておきたい」。210㎡で3,000人は14人/㎡であり、データ上は可能なのです。

要するにですね、ホロコースト否定派の断言していることって、大半は嘘なのです。強烈な嘘としては、こんなのもありました。

リビジョニストの中には、平然と嘘をつく人も結構多く、私が対処した中では、ホロコーストではなく731部隊の話なのですが、「「マルタ」という用語は『悪魔の飽食』の創作だって意外と知られてないんだよね」とツイートで流れてきたものですから、それ以前にマルタという用語を用いていた山上たつひこによる漫画の画像(なぜかタイミングよくそんなツイートを保存していた)を示して瞬殺してやった記憶があります。

はっきり言って、バカな人ほど断言を使う傾向があります。私もバカなので「ホロコースト否定論は100%間違い」などと断言しているのがその証拠です(笑)。ただし、これは私の自信を示したセリフだと思っていただければいいかと。専門家の人たちがテレビなどに出て解説する場合に、あまり断言調に言わないのは、それだけ専門家は様々な事について考えているからで、あまり何も考えないで断定する人たちよりは信頼できると思っていいと思います。私はあの、武田某という大学教授がテレビに出始めた最初から大っ嫌いでした。

ともあれ、断言に惑わされないようご注意を。

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例えば、ルドルフら否定派は「煙突から火が出ていたという証言があるが、火葬場の煙突から炎が上がることはありません。したがって嘘だということがわかります」のような断言主張をしますが、これも断言嘘の一つであることが例えば上のたった一枚の写真で証明できます。どうして煙突の専門家でもない私如きにわかったかというと、単純に「chimney fire」でググってみただけです。これを「Auschwitz chimney fire」で検索すると、海外の掲示板で同じ議論をしているサイトが表示されるはずです。私と全く同じことを言っていますのでご参考に。

証言の矛盾攻撃戦術

これはもう、ホロコースト否定論の定番戦術です。微に入り細に入り、証言者の証言に、突っ込めそうな箇所があると、「これは嘘に決まってる!」と決めつけ、信用できないとして排除する戦術です。

例えばそうですね……こんなのはどうでしょうか?

チャールズ・シギムント・ベンデル 職業 医師
住所。2 Rue Meilhao, PARIS.

宣誓します
私は30歳、ルーマニア国籍、ピアトラ生まれ。
本籍地は上記の通りで、現在はそこに住んでいます。
私が初めてアウシュヴィッツに来たのは1943年12月10日。1943年12月10日に初めてアウシュヴィッツに来て、1945年1月18日まで滞在しました。1945年1月18日までいました。ツィガネ収容所では医者として雇われていました。それが3ヶ月間続きました。1944年6月から避難まではビルケナウの火葬場にいました。
アウシュヴィッツの火葬場は実際にビルケナウにあり、そこで働く900人の男性の看護をするのが私の仕事でした。この900人は他の囚人と接触することは許されていませんでした。
地下には長さ10メートル、幅5メートル、高さ1.5メートルのガス室が2つありました。これら2つのガス室は、火葬場1と2に死体を供給していました。
火葬場3と4には、長さ6メートル、幅3メートル、高さ1.5メートルの他に2つのガス室がありました。
火葬場1と2のガス室の場合、ガスは屋根から注がれていました。火葬場3と4のガス室の場合は、壁の小窓からガスを入れていました。
ガス室は誰が建てたのか分かりませんが、1942年に建てられたことは分かっています。ガス室は鉄筋コンクリートでできていて、とても頑丈でした。密閉された扉は非常に頑丈な木でできていました。
私は1944年2月27日から1945年1月18日までビルケナウにいました。1944年2月27日から1945年1月18日まで。
ビルケナウでは、衣類の消毒は煮沸消毒でしたが、ガスによる消毒はありませんでした。アウシュヴィッツでの衣類の消毒はガス室を使って行われていたことを知っています。
ビルケナウでは、人を殺すのに使われたガスはプルース酸で、別名「チクロンB」とも呼ばれていました。
チクロンBの使用量は以下の通りです。火葬場1と2に付いている2つの大きなガス室には、1つのガス室に2缶必要でした。火葬場3と4に取り付けられた小型のガス室では、各室に1缶必要でした。缶は直径20~30センチ、高さ約50センチの円筒形でした。満員の人を殺すのに3~5分かかりました。
ガスは赤十字の救急車で火葬場に運ばれました。火葬場に駆除のための囚人の移送が到着してから約5分後に到着していました。どこに保管されていたのかはわかりません。
2つの大きなガス室には、それぞれ1,000人、2つの小さなガス室には500人ずつ入れるのが普通でした。
ガスの缶はいつもアウシュヴィッツからビルケナウに運ばれてきました。
https://www.nationalarchives.gov.uk/education/resources/holocaust/gas-chambers-crematoria-birkenau/ より。

私はこの人物が何者なのかをまだよく知りませんが、アウシュヴィッツ・ビルケナウの医者をしていた囚人でしょう。この宣誓供述書の中で、最も簡単に「これはおかしい!」と突っ込めるのは、「地下には長さ10メートル、幅5メートル、高さ1.5メートルのガス室が2つありました。これら2つのガス室は、火葬場1と2に死体を供給していました。火葬場3と4には、長さ6メートル、幅3メートル、高さ1.5メートルの他に2つのガス室がありました。」の部分でしょう。

特に、高さ1.5mなんてあり得ないわけです。ここに書かれている火葬場1と2の天井高さは実際には2.4mであり、また広さは30m×7mであり、近いのは幅だけで、あとは全然違うわけです。ですから、脊髄反射系の否定論者は、嘘だと決めつけるのです。

しかし、その他の内容は概ね合っているのです。特に医師として自分自身が関わった「そこで働く900人の男性の看護をするのが私の仕事でした。この900人は他の囚人と接触することは許されていませんでした。」のこの人数は、残されている文書資料の数字にほぼ一致するのです。870人くらいだったかな? ちょっと資料を探せませんでしたが。あと、衣類がビルケナウで煮沸消毒されていたというのは、セントラルサウナという場所に熱気駆除オーブンがあり、合ってるのです。ただし、確かビルケナウにもガス消毒の部屋はあったと思いますので、完全に正確とまでは言えないとは思います。

もっと酷い証言というか回想録の記述もあるようです。原文を読んでないので、未確認の又聞きになりますが、ミクロス・ニーシュリという囚人の医者は、クレマトリウムⅡかⅢにあった遺体搬送用のエレベーターが四台もあったと述べているそうです。ガス室のサイズなどもベンデル医師同様全く違うそうです。しかしながら、ニーシュリの回想録もベンデル医師同様、合ってる部分がかなり多いことを知っています。プレサックの『アウシュヴィッツ ガス室の操作と技術』を私が翻訳途中で投げ出したブログに一部載ってますので、興味があればどうぞ。

これらのように、ほんとに間違っている場合もあれば、ガス室の3,000人のように実際には間違っていないのに嘘だと断言されるものを含めて、そうした誤りの部分だけを見つけては否定派はホロコースト証言を攻撃してくるのです。

このような否定派からの攻撃があると、日本だと特に、元文献を参照するのが困難というか、無理な場合がほとんどなので、確認すらままなりません。私自身は、単純に、勘違いや誤解、記憶間違い、思い込みなど、人は色々と間違うのだ、としか思っておらず、本当の嘘はもっと別のところにあると思っております(前述した断言の嘘などがそう)ので、この程度の間違いは深刻に考える必要はあまりないと言うだけです。誤解や誤りの原因が多少は推定できるケースもしばしばあります。

ですから、否定派のそうした攻撃に対しては「じゃぁあなたは絶対に間違えたりしないと言うんだな?」程度の返でいいと思いますし、次で簡単に述べますが、「ホロコースト否定派に一泡吹かせたい」と言うのは何も、否定派を屈服させたり、説得したりすることは意味しないので、証言の矛盾攻撃にはそんなにガチで対処する必要はないと思います。

他にも色々な戦術はありますが、とりあえず代表的なものを説明してみました。

1.6 ホロコースト否定派を論破しようと思わないこと。

これが一番心掛けとしては大事なことだと思います。どうしても、ネットなどで敵対勢力とやりとりしていると、どうにかしてマウントポジションを取りたくなるものです。私も、今でもやってしまいます。そうじゃないとはわかっているのですが、マウントポジション的議論の方が簡単であり、相手より優位に立ちたいという心理を捨てることはなかなか出来ません。

ですが、議論で相手を事実上論破できたとしても、それを相手が認めることなど100%ないと思っていいでしょう。そんなの見たことないですし、あり得ないと思います。そもそも、ジャッジとなる判事はいないわけですからね。

私がnoteで延々とアンチ・ホロコースト否認論的立場で記事を生産し続けているのは、ホロコースト否定派が存在するのと同じく、アンチホロコースト否定派も存在するのだということを、少しでも多くの人に知ってもらいたいからです。そして出来得ることならば、ホロコースト否定論は全くの誤りであり、完全な嘘であるということを認識して欲しいからです。日本には、ほとんどアンチホロコーストがあるということが知られていないようなので、それで私にできることは何かないかと思って、そう思い始めたタイミングでうまい具合にDeepLという非常に優秀な翻訳エンジンが日本語対応で登場していたため、「よしこれならできる!」と思い、それで海外の記事をたくさん翻訳し続けているわけです。

最後に余談ですが、最近、ほんのちょっとだけ、海外にも進出しておりまして、ある人がこんなことを言ってくれたので紹介します。

Well, as to the revisionists, my family saw the Holocaust in a few places in Poland and it didn't look fake at all.
If I had $1 for every time my grandmother mentioned the Holocaust I would be like Bill Gates today.

When I was a kid in every Polish county you could find a person who spent time in Auschwitz and saw what was going on there.
We, the Poles don't need the Hoess and his ilk to educate us. We had a front-row-view of the Holocaust.

まあ、修正主義者に関しては、私の家族はポーランドのいくつかの場所でホロコーストを見ましたが、全く偽物には見えませんでした。
祖母がホロコーストの話をするたびに1ドル持っていたら、今のビル・ゲイツのようになっていただろう。

私が子供の頃 ポーランドのどこの郡でも アウシュビッツで過ごした人がいて 何が起こっているのか見ていた
私たちポーランド人は、ヘスやその一派の教育を必要としていません。我々はホロコーストを 正面から見ていたんだ

DeepL翻訳そのままなので、少し変な日本語ですが、ホロコーストの最大の舞台となってしまったポーランド人の方の意見なので、貴重かなと思って紹介しました。

次回は、ガス室についての具体的否定論の話に入りたいと思います。

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