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『日本の首領』シリーズと黛敏郎の音楽

昨日、2月生没の作曲家について書いている最中に思い出したのが、半年ぐらい前にアマプラで鑑賞した、東映の『日本の首領』シリーズ(1977~78)。実在の暴力団とその組長をモデルに、多数の登場人物が織り成す群像大河ドラマです。当時、日本映画界を席巻していた「角川映画」が生み出した超大作ブームに呼応した、オールスター・キャストの3部作です。このシリーズの「本気度」は音楽にも表れていて、大御所・黛敏郎が担当。このシリーズとその音楽について、ちょっとまとめてみます。

『日本の首領』シリーズについて

みんなが知ってる“あの暴力団”と、当時その組長だった“あの人”をモデルに、関西最大の暴力団である中島組の組長・佐倉(佐分利信)の全国制覇の野望を描いています。中島組やその傘下の暴力団の構成員たち、彼らに敵対する関東の暴力団、そして彼らの家族や恋人たちなど、数多くの登場人物のドラマが描かれています。要は、日本版『ゴッドファーザー』を狙った作品だったわけです。『仁義なき戦い』の飯干晃一が「原作」としてクレジットされていますが、実際は「原案」的な物だったようで、2作目以降は完全に飯干とは無関係、しかもモデルになった組織とは無関係の事件も題材として取り入れられています。ちなみに、2000年代に入って松方弘樹主演で製作されたシリーズとはまったく無関係です。

東映は、60年代に任侠映画で数々のヒット作を生み出してきましたが70年代に入るとその人気に陰りが見え始めます。そこで登場した『仁義なき戦い』シリーズが空前のヒットを記録し、今度は一気に「実録やくざ映画」路線へとシフト、こちらでも多数の傑作が生み出されてきました。しかし、こちらも次第に成績が伸び悩み始めました。そこで企画されたのが、ドラマチックな任侠映画とドキュメンタリー・タッチの実録映画の特徴を融合させた、このシリーズだったのです。実在の暴力団とその抗争を描いている点は実録映画、彼らやその周辺の人たちのドラマを丁寧に描いている点は任侠映画の特徴と言えます。特に、ヤクザの妻や恋人が重要な役割を果たしている点は、後に東映のドル箱シリーズになる『極道の妻たち』の原点になっているとも言えそうです。

任侠映画の大スター・鶴田浩二、『仁義なき戦い』の菅原文太、松方弘樹、成田三樹夫、金子信雄、小池朝雄など、キャストも両者でおなじみの顔触れが揃えられていますが、実質的な主役である佐倉に戦前からの二枚目スターだった佐分利、関東の大物ヤクザに日本を代表する国際スターだった三船敏郎と、東映に限らずヤクザ映画とは縁遠かった大物を起用したことが、当時大いに話題になりました。

他にも、千葉真一、渡瀬恒彦、梅宮辰夫ら東映ヤクザ映画の常連から、高橋悦史、二宮さよ子、市原悦子、岸田今日子などヤクザ映画に縁が薄かった俳優たち、西村晃、渡辺文雄、佐藤慶といったベテランの演技派まで、多彩なキャストが揃っています。

巨大な組織の頂点に立つ男でありながら、家では家長として苦悩もする佐倉。佐分利としては、3年前に主演した『華麗なる一族』(1974)で演じた財閥の長・万俵大介を連想させる役柄です。そう考えると、このシリーズ自体も、ヤクザと政界や大企業の癒着、ヤクザ同士の経済戦争など、『華麗なる一族』やその監督である山本薩夫による社会派エンタメ大作群を連想させます。

監督の中島貞夫は東映育ちですが60年代末にフリーに。それでも東映を中心に映画を撮り続けた人物。特に、親友でもあった深作欣二と共に実録映画の名作を生み出してきました。

『日本の首領』シリーズの個人的な注目ポイント

「首領」と書いて「ドン」と読むのは、飯干がスペイン語から採ったアイディアとのことですが、当時の人気アイドル歌手だった石野真子が78年にリリースした「わたしの首領」も同じ読ませ方をしたことから、当時の小学生(私も含む)にまで浸透する流行語になりました。さらには、現在に至るまでヤクザ映画やVシネマなどでも引用され、もはや立派な市民権を獲得した読み方と言えそうです。

『仁義なき戦い』では、主要キャラにもかかわらず、同じ俳優が作品ごとに別人の役で登場したり、同じキャラが作品によって演者が変わったりという、いい意味でアバウトなキャスティングが行なわれましたが、こちらでも同様の事態が起きて「東映らしい」と思わせます。例えば、『仁義なき戦い』シリーズの実質的主人公だった広能を一貫して演じた菅原文太は、こちらでは逆に3作すべてに別のキャラの役で出演。一方、1・2作目で内田朝雄が演じた右翼の大物・大山は、なぜか3作目で唐突に大御所・片岡千恵蔵に交代。恐らく、2作目で松方演じるキャラが退場し、主要キャストに東映にゆかりのスター俳優がいなくなったことから、長年東映の看板スターだった千恵蔵を引っ張り出すという「大人の事情」だったのではないかと思われます。

佐倉の娘婿・一宮もシリーズの重要キャラで、後期山本薩夫作品の常連だった高橋が好演しています。しかし、高橋と言えば岡本喜八作品にも欠かせない俳優。本シリーズの3作目には、その岡本の代表作『肉弾』(1968)の主演コンビである寺田農と大谷直子も出演し、一気に「喜八濃度」が高まります。

『日本の首領』シリーズの音楽

先に触れたように、このシリーズの音楽担当は黛。弟子である伊部晴美と共作という形で、三作すべてを手がけています。正確な役割分担は分かりませんが、恐らくメインは黛、劇中でたびたび登場するバーやクラブなどの店内で流れる演歌系のBGMの作曲や一部楽曲のアレンジを伊部が担当したのではないかと思われます(黛はジャズ系の曲は得意でしたが、それとはちょっと違う系統の音楽がたびたび流れます)。

さらに、名門・東京交響楽団が「演奏」としてクレジットされています。オケの編成が大きいため東映のスタジオでは録音できなかったらしく、東宝のスタジオを借りて、実際に音楽が流れる箇所のフィルムを上映しながら、それに合わせて演奏したものが録音されたそうです。もちろんステレオ録音(本編はモノラルだったにもかかわらず)。これは、当時の東映作品としては異例の力の入れようだったと言えそうです。恐らく、当時(1作目だけですが)サントラ盤のレコードが発売されたことも、ここまで音楽に力を入れた理由の一つだったと思われます。もっとも、この時代の邦画のサントラ盤は、ほとんどが映画本編の音声とミックスさせたものばかりで、本作のサントラ盤も、本編での使用順とは違う構成の組曲状態にしたものに、本編の音声や松方によるナレーションを被せたものだったようです(当時はまだ家庭用のビデオデッキが普及する前で、サントラ盤も「映画の追体験」を主な目的としたものが主流だったのです)。

このシリーズでは、いわゆる「愛のテーマ」がたびたび流れ、シリーズのメインテーマの役割を果たしています。主にトランペットで演奏される哀愁に満ちたメロディは、まさに「和製『ゴッドファーザー』愛のテーマ」的な素晴らしさ。これはかっこいい!さらに、中島組の行動シーンに流れるアクション系音楽、当時子供だった私にはちょっとしたトラウマになるぐらい重厚だった日テレのニュース『きょうの出来事』のテーマを思い出させるラストの壮大な曲など、黛の魅力が詰まった音楽になっています。

しかし、本シリーズの音楽は、上述のアナログレコードのサントラ盤以外は、今日に至るまでまったく商品化されていない模様。もったいない…。


※どこぞの外人さんがアップしてくれたテーマ曲😉


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