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アガサ・クリスティー関連書籍 紹介と感想『ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝』『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』

デビッド・スーシェ ジェフリー・ワンセル 高尾菜つこ訳『ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝』原書房, 2022

サリー・クライン 服部理佳訳『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』左右社, 2023

『ポワロと私』は刊行時に読んでいましたが、noteでは感想を残してなかったので、初読時の感想に追記して残しておきたいと思います。
また、新たに読んだ『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』は、アガサ・クリスティーがメインという訳ではありませんが一緒に感想を残しておきます。


『ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝』Poirot and Me(2013)

二十五年間ポワロを演じたデビッド・スーシェが語る、ポワロと共に過ごした日々の記録になります。

最終話「カーテン」でのポワロの死の場面から始まる本書は、時をポワロ役の依頼をされた1987年まで遡り、ポワロを演じることになった経緯から、撮影におけるあれこれ、舞台役者スーシェの姿などのポワロ以外の仕事についても交えながら語られていきます。


本書を読む事で、スーシェがポワロにかけた思いだけでなく、デビッド・スーシェという役者が、何を大切にして、何を考えて生きているのかを知ることができます。

とはいえ、中心となるのは『名探偵ポワロ』の話になり、九十三項目に渡るポワロの特徴リストに始まる、「ポワロの守護者」として役になりきり、作者の声になるための長い旅の記録でした。
最後までやり切るには役者個人の力だけではどうしようもできない力も働いているため、ドラマの人気があっても次回のシリーズが作られるかは分からないため不安になったり、新しい仕事を入れたほうがいいのか悩んだり、スーシェのリアルな悩みとともに本書は綴られていました。

しかし、一度ポワロが撮影されるとなれば、常に全力投球で挑むスーシェの真摯さ、座長としての頼もしさが、1989年から2013年まで既に古典の領域に入るシリーズを続けられた大きなポイントなのは間違いありません。

また、スーシェの目線で、出来が良いと思われる物語、あまりうまくいかなかったと思う物語についても赤裸々に綴られているのも面白かったです。


『名探偵ポワロ』の舞台裏の話としても、一人の偉大な性格俳優の話としても非常に興味深く面白かったです。

「シェラミ」と私がささやくと、ヘイスティングスはポワロを休ませようと部屋を出る。
 その言葉は、私にとって途方もない重みがあった。だからこそ、ヘイスティングスが部屋を出ていった後にも、私はその言葉を繰り返したのだ。ただし、二度目の「シェラミ」は、ヘイスティングスに向けたものではない。それは私の大切な大切な友人、ポワロに向けた言葉だった。私はそう言って彼に別れを告げていたのであり、心を込めてそうささやいた。

デビッド・スーシェ ジェフリー・ワンセル 高尾菜つこ訳『ポワロと私 デビッド・スーシェ自伝』原書房, 2022, p.17

『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』After Agatha : Women Write Crime(2022)

多くの女性作家が女性が主人公の犯罪小説を描き、多くの女性が好んで読んでいるのはなぜか。
この疑問から、アガサ・クリスティーがデビューした1920年代から現代までの、犯罪小説における女性の扱い、ひいては現実における女性の立場について考察していく本書は、犯罪小説を執筆する現代女性作家への豊富なインタビューも材料としながら、疑問の答えへと迫っていきます。

この豊富なインタビューの内容が興味深く、実際に読んでみたいと新たに思った作家も多くいました。
そして、旅の中で浮かび上がるのは、犯罪小説というジャンルが持つ危険性を利用することで、性差別や暴力などの社会問題を浮かび上がらせる試み、そして読者は安全な方法でその危険と向き合う力を持つ事になるということでした。

また、本書は女性を対象として論を描いていますが、暴力描写の比重については男女問わず、犯罪小説として、何をどのように描写するのかについて、一人一人の作家が真剣に考えていること、今後も考える必要のあることだと改めて感じました。


クリスティーについては、犯罪小説で最初に成功し、かつ最大に成功した女性作家、そしてミス・マープルなどの自立した女性主人公を生んだ作家として何度も触れられているほか、第三章では黄金時代に活躍した五大女流作家振り返りの中心人物として語られていました(ドロシー・L・セイヤーズ、マージョリー・アリンガム、ナイオ・マーシュ、ジョセフィン・テイの4人についても、多くの作家が魅力を語っていました)。

クリスティー好きとしては、クリスティーを主役にしたアリソン・ジョセフのシリーズ3作はぜひ読んでみたいので、誰か翻訳してくれないかなぁ。

また、早川書房にはソフィー・ハナの財団公認ポワロシリーズの第3作~第5作目を訳して欲しい所です(第1作、第2作は、個人的にはどちらもクリスティー感が薄かったので微妙な評価になりますが、それはそれとして公認シリーズの続きは読みたい複雑な心境)。

現代作家だけでなく、黄金時代の作家にも読もうと思って読んでない作家が多いことも思い出したので、少しずつ読んでいきたいと思います。


読後は、犯罪小説というだけで文学的に低い地位に押し込められている中、自身の信念をもって物語を読者に届けている作家たちのカッコよさが印象に残りました。


 こうした心理や感情にかかわる洞察が、現代作家の専売特許だと考えるのは間違っている。人間の性質や、暴力犯罪の背後にある動機、犯罪が人に与える影響といったことに対する鋭い認識や理解は、アガサ・クリスティーをはじめとする、往年の女性作家たちの作品にも見受けられるからだ。

サリー・クライン 服部理佳訳『アフター・アガサ・クリスティー 犯罪小説を書き継ぐ女性作家たち』左右社, 2023, p.46-47

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