見出し画像

メグレ長編43『メグレ間違う』Maigret se trompe(1953)紹介と感想

ジョルジュ・シムノン 萩原弘巳訳『メグレ間違う』河出書房新社, 2000


あらすじ

朝のコーヒーを飲んでいるメグレのもとに、エトワール警察署のデュプー警視から殺人を知らせる電話が入った。
富裕層の多いカルノー街のアパルトマンで、ルイーズ・フィロンという若い女性が射殺された。
殺される前に訪ねて来ていた若い恋人に疑いがかかるが、メグレが人々から話を聞いていくと、彼女を囲っている男の存在が浮かび上がる。
メグレは、手順通りの捜査を行いながら、死んだルイーズと彼女を囲っていた著名な外科医、エチエンヌ・グーアンの肖像を形作っていく。


紹介と感想

豪華なアパルトマンに相応しくない若い女性の死を捜査していく今回は、どんなに取り繕っても貧困や孤独、嫉妬に耐えられない人間の哀しみに満ちた物語でした。

死んだルイーズは、自分の知っている社会から隔離され、恋人と結婚することもできず、午前中に訪ねてくる家政婦と話すのだけが日常の楽しみという孤独な生活を送っていました。
しかし、小さい頃に経験した貧困を二度と経験したくないという想いから、そこから離れることはできませんでした。

また、作中にはグーアンを慕う女性たちが、嫉妬などとは無縁の崇拝をしているような姿も見られますが、それぞれ嫉妬や優越感などを抱え持っていました。

そして、それら女性の態度をあざ笑う論理の人、グーアンも身体的な孤独には耐えられないという弱点がありました。
グーアンは、自分の興味あるものにしか興味が無く、余計なことに煩わされたくないのに、どうしても性欲の捌け口が無いと生きていけなかったのです。

ルイーズとグーアンの2人は、作中での直接の登場機会は少ないにも関わらず、やはり今回の主要人物であることが間違いない書き込みとなっていました。

『メグレ間違う』という題名ですが、捜査に関しては特に間違いはなく、特別に欺かれている訳でもありません。
犯人指摘のプロセスも作中の記述を使用しているため、標準的なメグレ作品と比べても納得感の高いものになっています。

では、何が間違うなのか。
それは、犯人逮捕はできても、事件全体の根っこにある問題や感情に対して、何もできなかったことなのか。
グーアンに直接会うのを躊躇し、いつまでもその周囲を回っていたことなのか。

グーアンとジェルメーヌの夫婦に顕著ですが、社会的立場の違いなのか単純に立ち位置の違いなのか、死んだルイーズのことを真剣に考えない人たちに憤りを感じる物語でした。

 あとはがらくたで、やはり縁日の陶器の犬、灰皿、ねりガラスの象、それに紙の造花までとってあった。
 こういった宝ものをバルベスあたりか、シャベル環状通りなどの家で発見するのは普通だっただろう。だがここで、カルノー街のアパルトマンにこんなボール紙の箱があるのは、ほとんど悲劇的に見えた。

ジョルジュ・シムノン 萩原弘巳訳『メグレ間違う』河出書房新社, 2000, p.68-69
写真や手紙と一緒に保管されていたルイーズの所持品

映像化

ルパート・デイヴィス主演(英)
 シリーズ1 第9話『The Mistake』(1960) ※日本未紹介

愛川欽也 主演(日)
 第2話『警視間違う』(1978)

ジャン・リシャール主演(仏)
 第52話『メグレ間違う 』(1981)

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第15話『メグレ間違う』(1994)


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
〇43.メグレ間違う(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)



この記事が参加している募集

#読書感想文

191,797件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?