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メグレシリーズ中編「メグレ夫人の恋人」「バイユーの老婦人」「殺し屋スタン」 紹介と感想


メグレ夫人の恋人(1939)

あらすじ
メグレは、15日前から妻のアンリエットをからかうことが楽しみだった。
アンリエットは、15日ほど前からヴォージュ広場の窓から見えるベンチに、不思議な印象の男が午後3時から午後6時頃まで身動きもせず座っているのに気付いたのだ。
そして、男の前のベンチにはブロンドの女中がレース編みを手に持って同じ時間だけ座っていた。
アンリエットは、これにはスパイなど重大な理由が隠されているに違いないと夫に訴えていたが、夫は「目の前で《きみの恋人》をながめてみたいものだ」と本気にしなかった。
ある日、午後8時を過ぎても男が座っていることに気づいたメグレは、様子を確かめに行くと既に死んでから2時間以上経っていた。
謎の男は一体何者で、なぜ殺されたのか。メグレは、アンリエットの情報をもとに捜査を開始する。

紹介と感想
メグレ夫人ことアンリエットの情報が重要になり、アンリエット自身も積極的に捜査に参加する珍しい物語です。

アンリエットの話していた通り、殺人と言う重大事件に発展しました。
もし、アンリエットが男の様子に興味を持っていなかったら、事件の解決は大きく遅れていたか、新たな犠牲者が出たことでしょう。

メグレより一歩先んじる程の捜査能力も観ることができる、メグレ夫人ファンには見逃せない物語になります。

 ミシンのそばに、一人の女が、いかにも訪問客然としたようすで、かしこまってすわっていた。その女がメグレ夫人であることを認めたとき、彼のおどろきといったらなかった。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ警視の事件簿[2]』偕成社, 1986, p.65
捜査の為に立ち寄った家の中に夫人がいるのをみたメグレの様子

映像化
ジーノ・セルヴィ主演(伊) ※日本未紹介
 第2シリーズ『Le nuove inchieste del commissario Maigret 』(1966)
  第4話「L'innamorato della signora Maigret」(全1回)

ジャン・リシャール主演(仏) ※日本未紹介
 第84話「L'amoureux de madame Maigret」(1989)


バイユーの老婦人(1939)

あらすじ
機動隊再編成のためにカンへ派遣されていたメグレの元に、セシル・ルドリュという若い女性が訪れた。
セシルと一緒に住んでおり可愛がってくれたジョゼフィーヌ・クロワジィエが、甥の家へ滞在中に心筋梗塞で死んだが、これは殺人だと思うとの話だった。
甥のフィリップ・ドリジャールは金に困っており、ジョゼフィーヌも急死するような持病などないとのことだった。
メグレは、フィリップと面談するために屋敷を訪問し、ジョゼフィーヌは何者かの手によって死を早められたと感じた。
地元の有力者であるフィリップだったが、メグレは特に気にする様子もなく事件当時の状況について情報を集めていく。

紹介と感想
メグレが単身赴任時代の事件になります。
地元に蔓延する空気とは無縁のメグレは、ただ事実のみを調べて、時にグレーな捜査までして真相を探し当てます。

長編でも、事件自体は調査風景が描かれずにいきなり犯人が分かるものもある中で、この話では、しっかり周辺情報を集め、その中で疑問が出たら更に突っ込んで調べるという過程をとっています。

この、田舎で単身捜査に歩き回るメグレを楽しむ話として面白かったです。
最後は、犯人と検事の前で楽しそうに真相を話し、最後はあまりにもブラックなユーモアセンスを見せるメグレも良かったです。

 メグレは焼けるように熱いパイプをポケットに突っ込むと、のろのろと入って行った。大いに気取っているのだろう。とくに上機嫌なときには、こういうことをよくやった。わざと愚かな人間のようにみせるのである。そうすると、太い口ひげさえつければ鈍重で、ぶくぶく肥った風刺漫画の警官そっくりになる。
「ご機嫌よろしゅう、検事殿、こんにちは、ドリジャールさん……」

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレの退職旅行』グーテンベルク21, 2006
「バイユーの老婦人」より 検事室に呼び出されたメグレが部屋へ入る様子

映像化
ジーノ・セルヴィ主演(伊) ※日本未紹介
 第2シリーズ『Le nuove inchieste del commissario Maigret 』(1966)
  第3話「La vecchia signora di Bayeux」(全1回)

ジャン・リシャール主演(仏) ※日本未紹介
 第75話「Maigret et la vieille dame de Bayeux」(1988)

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第52話「Maigret et la Demoiselle de compagnie」(2004) ※日本未紹介


殺し屋スタン(1938)

あらすじ
ビラーグ通りのカフェ《ブルゴーニュの樽》にメグレはやってきた。
6日前からカフェのボーイとしてジャンヴィエが潜り込み、カフェの近くのホテルにはリュカが老人に扮して張り込みを続けていた。
見張っているのは、農家に忍びこんでは皆殺しにして金品を奪うポーランド人強盗団の一味だった。彼らは〝殺し屋スタン〟と仲間たちだったのだ。
カフェで座っているメグレの隣に、赤髪の悲しそうな目をした痩せた男が腰を下ろした。
男はミハウ・オゼップというポーランド人で、自殺をしようとして上手くいかなかったので、殺し屋スタンを捕まえるのに協力したいと、メグレを付け回していた。
メグレにどんなに邪険にされても諦めないオゼップ。未だ正体を見せないスタン。
メグレは、オゼップにある任務を与える。

紹介と感想
ジャンヴィエやリュカが変装して張り込んでいる場面から始まるのが印象的な中編です。
物語は、オゼップとメグレの交流を軸に、殺し屋スタンの正体は誰かという興味で引っ張っていきます。

オゼップにまとわりつかれ、新聞には余計な情報を書かれ、周囲の人間にあれこれと言われ苛々しているメグレ。
凶悪強盗団の逮捕に一役買ったオゼップの悲哀が胸に残る話でした。

「あの男はどこにいる?」
「ここです」
「きみが連れてきたのか?」
「彼がわたしを連れてきたのです」
 というのは、オゼップはあれから司法警察局へ直行すると、待合室にどっかとすわり、《メグレット》警視と会う約束があるといって、サンドイッチをぱくついていたのだ。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『メグレ夫人の恋人』グーテンベルク21, 2006
「殺し屋スタン」より 尾行をつけて追い払ったオゼップが、先回りして司法警察局へ来ていることを知ったメグレ

映像化
ジャン・リシャール主演(仏) ※日本未紹介
 第87話「Stan le tueur」(1990)


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)


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