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メグレ警視シリーズ長編41『メグレとベンチの男』Maigret et l'Homme du banc(1952)紹介と感想

ジョルジュ・シムノン 矢野浩三郎訳『メグレとベンチの男』グーテンベルク21, 2006


あらすじ

10月19日、サン・マルタン通りの路地で刺殺された男の死体が見つかった。
名前はルイ・トゥーレ、彼は茶色の靴と派手なネクタイをしていた。
しかし、妻によると身に付けているものは主人の物ではないし、こんなに金を持っているのもおかしいと言っている。
調べを進めると、彼が務めていたと言う会社は、3年前には無くなっていた。
彼は、妻には会社に出勤しているように見せかけ、毎月の給料も持って帰っていた。
しかし、彼を見かけた人間によると働いている様子はなく、公園のベンチに座っている姿も良く見られていた。
メグレは、空白の3年間に彼が何をしていたのかを追いかけていく。

紹介と感想

第三期メグレで特に好きなタイプの、一人の人物の足跡を追いかけ、その人間性を探ることがメインの話でした。

妻の手により家庭内で抑圧されていたルイは、失職後も復職出来ずに金が無くなる中で、倫理の向こう側へ手を出してしまいました。
何十年も抑圧されてきた彼には、家から出るという選択肢は浮かばなく、何とかして妻の目をごまかすという一点しか選択できなかったのでしょう。

この家族のあり方を見て、クリスティーの『春にして君を離れ』のスカダモア家を少し思い出しました。
しかも、トゥーレ家ではルイと娘・モニクの間には特に絆はありませんでした。

不幸なことに、彼は手に入れた新生活に浮かれてしまいました。
真面目に生きて来た彼が、ここにきて人生で一番自由を手に入れてしまったがために、何時までも続けられないという不安はありつつも、後戻りも出来ずにいました。

被害者に迫るタイプの話特有の、犯人自体は何てことないポッとでの人間でした。
しかし、この縁などない人間にサラッと殺されてしまうという所に、より強い悲哀を感じるのも事実なのです。

メグレ班には賭博班と風紀班で経験を積んで異動してきたサントニが加わり、死体を発見した第三区署のヌヴーも捜査に加わります。
自分のやり方を重んじるメグレは、今回はこの2人に好ましくない思いを抱きながらも、自分の流儀で捜査を進めていきます。

因果応報と言うには、あまりにも様々な歯車が嚙み合わなかったために起きた悲劇でした。
『モンマルトルのメグレ』や『メグレと若い女の死』など、一人の人物に拘るタイプのメグレ物は面白いと感じるものが多いのを再認識できた作品でした。

「どんなぐあいだったんですか?」こんどは彼女が訊く番だった。「あの人、苦しんだのかしら」
 トゥーレ夫人もモニクも、そのことを訊こうとしなかった。

ジョルジュ・シムノン 矢野浩三郎訳『メグレとベンチの男』グーテンベルク21, 2006
「第二章 しし鼻の女」より

映像化

ルパート・デイヴィス主演(英)
 シリーズ2 第13話『Murder on Monday』(1962) ※日本未紹介

ジャン・リシャール主演(仏)
 第22話『Maigret et l'homme du banc』(1973) ※日本未紹介

愛川欽也 主演(日)
 第9話『警視とベンチの男』(1978)

ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第10話『メグレとベンチの男』(1993)


メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)
☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 03.開いた窓(1936)
 04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)
 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)
☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)


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