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アガサ・クリスティー『七つの時計』The Seven Dials Mystery(1929)紹介と再読感想

アガサ・クリスティー 深町眞理子 訳『七つの時計』早川書房, 1981

Netflixでドラマ化が発表された『七つの時計』を再読しました。
かなり久しぶりの再読でしたが、20年代末期の発表だけあり、初期冒険物では意図して謎解きミステリー要素を強めており面白かったです。


あらすじ

チムニーズ館に滞在しているビルやジミーら若者達は、寝坊助の友人ジェリー・ウェイドの部屋に、8つの目覚まし時計を仕掛ける悪戯を実行した。
しかし、翌朝目覚ましが鳴り響く中、ジャリーは既に息絶えており、ジミーが気づいた時には7つに減った目覚まし時計が棚に綺麗に並んでいた。
その後、ジェリーの親友であるデヴァルーが「セブン・ダイヤルズ……伝えて……」と呟いて死んだ。
その言葉を聞いたのが、チムニーズ館の持主であるケイタラム卿の一人娘・バンドルだったことから物語は大きく動き出していく。
バトル警視も動き出すなか、バンドルは、ジミーやロレーンと共にセブン・ダイヤルズの秘密に迫っていく。


紹介と感想

『チムニーズ館の秘密』から4年後を舞台に展開される物語ですが、一部登場人物を重複するだけで、ストーリー上の繋がりはないため今作から読んでも問題ありません。

本作は、初期冒険物の空気感を持ちながら、謎解きミステリーとしても意識して書かれたのではないかと思われる作品になっています。

クリスティー自身は本作について自伝の中で

わたしが〝気軽なスリラー・タイプ〟といっている作品の一つだった。これらはあまり深い筋立てや構成がいらないので、いつも書くのが楽であった。

アガサ・クリスティー 乾信一郎訳『アガサ・クリスティー自伝(下)』早川書房, 2004, p.278

と語っており、ケイタラム卿やジョージ・ロマックスなどコメディリリーフが登場する場面の面白さからも、肩の力を抜いて気楽に書いているのが伝わってきます。


ミステリーとしても、ポワロやマープルなどのような謎解きミステリーとして書かれた作品に比べると緩いですが、真相が分かってから振り返ると随分大胆に書いてるなと思わせる文章が随所に散りばめられており、再読しても楽しめるクリスティー節が満載です。

そして、最大の見どころはバトル警視のカッコよさになります。
最初から最後まで冷静沈着なバトル警視の姿は、心配な行動が多い若者たちの中にあって全幅の安心感を抱けます。
バトル警視出演作を読むと、全部で5作にしか顔を出さないのが勿体ないといつも思ってしまいます。


メインキャラクターが1920年代イギリスの上流階級のお気楽な若者になっているため、現代の視点で読むと引っかかる部分もありますが、現代とは違うのだと分かって読むと良いと思います。

クリスティーがプロ作家へなる時代のキャリア過度期に、リラックスして書かれた冒険ミステリーの佳作です。

「きみは知っていることをすべて話しているのかね、バトル警視?」
「知っていることはぜんぶ話していますよ――ええ、サー・オズワルド。わたしがどう考えているかはまた別問題ですがね。ことによると、いささか奇妙なことを考えているかもしれませんが――しかし、考えがもうすこしかたまるまでは、それについてお話ししてもむだでしょう」

アガサ・クリスティー 深町眞理子 訳『七つの時計』早川書房, 1981, p.227
ワイヴァーン荘での強盗未遂事件後のサー・オズワルドとバトル警視の会話

LWT製作『七つのダイヤル』The Seven Dials Mystery(1981/英)

1980年の『なぜ・エヴァンズに頼まなかったのか』、1983~1984年の『秘密機関』『おしどり探偵』と同じくLWT制作のジェイムズ・ワーウィック主演クリスティー原作シリーズの1作になります。

前作『エヴァンズ』と同じく長尺の時間を最大限に使い、原作の細かい部分まで結構しっかりと映像化しています。
特に、セブン・ダイヤルズでの集会が再現されていること、バトル警視の重厚感がイメージに近いことなどが個人的満足度を高めています。

文化や時代(原作だけでなく、ドラマ制作時の時代)の違いを感じる部分も多いですが、ワイヴァーン荘以降に増える容疑者群を整理しており、エピソードも巻く所は程よく巻きながらテンポよく進んでいくため面白く観ることができます。

程よく巻いた分、終盤のセブン・ダイヤルズでの場面は、原作よりもドラマティックに展開されるように変更されており、ビルの活躍の場も増えています。

他にも、長尺の恩恵を受けているのがコメディリリーフにあたるケイタラム卿、ジョージ、スティーヴンスになります。
彼らの場面が削られることなく良い存在感を出していることが、ドラマ全体の面白さを増しています。

軽いノリのミステリー作品として十分楽しめる良いドラマ化でした。

スタッフ
製作:ジャック・ウィリアムズ
監督:トニー・ワームビィ
脚色:パット・サンディス
時間:131分

キャスト
  ジミー・セシジャー/ジェイムズ・ワーウィック(ささきいさお/家中 宏)
 アイリーン・ブレント/シェリル・キャンベル(藤田弓子)
      バトル警視/ハリー・アンドリュース(内田 稔)
  ビル・エヴァズレー/クリストファー・スコウラー(樋浦 勉)
   レディー・クート/ジョイス・レッドマン(北村昌子)
   モスゴロフスキー/ジェイコヴ・ウィトキン(内海賢二)
       ロレーン/ルーシー・グッタリッジ
ジョージ・ロマックス/テレンス・アレクサンダー
ルーパート・ベイトマン/ジェームズ・グリフィス
     ケイタラム卿/ジョン・ギールグッド


軽快で面白い原作ですが、同時に1920年代の作品のため、現代でそのまま映像化するには難しい部分があるのも事実です。
現在製作中のドラマが、どうブラッシュアップしながらも、原作の軽快なライトミステリーのノリを再現するのか。楽しみです。


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