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黒岩涙香「広告」「父知らず」「田舎医者」「女探偵」紹介と感想

黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅰ』論創社, 2006
黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006

今回は、ショートショート程の分量で展開される涙香オリジナル作品を4作、紹介していきたいと思います。

ジャンルの幅も広く、楽しめる作品が揃っています。
もし涙香が、もっと創作者としての方向に力を入れていたら、どのような作品を生み出していたのかが気になってしまいます。


広告(1889/明治二十二年)

あらすじ
ある新聞記者の男が、夫婦で俳優の稽古を始めてみると、仏国の俳優にも劣らずと思うまでに上達した。
ふと、男は自分の演技を試してみたくなり、新聞広告に「某金満家の主人、妻を迎えたく望み居り候」と見合い広告を出すと、浜川嬢(仮名)から申し込みがあった。
そこで、浜川嬢に新橋停車場で待ち合わせたい、合図は紙を引き裂いて捨てること、と返事を出し約束を取り付ける。
しかし、この悪戯が思わぬ騒動を引き起こすことに……。


紹介と感想
当時「絵入自由新聞」に他作家休載時の穴埋めとして書かれたようですが、正に新聞で息抜きにサラッと読むと面白いような、ミステリー要素のある小話でした。

特別捻りがあるわけではありませんが、後味も良く、楽しく読めました。

自分の心では仏国の俳優にも劣らずと思うまでに上達せり。自分では斯く思えど他人は如何に見るやらん。何とかしてそれと言わずに他人に見せ、我が腕前を試し見んと余は独り色々工夫せし末、ついに好きことを思い付きたり。

黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅰ』論創社, 2006, p.242

父知らず(1892/明治二十五年)

あらすじ
「余は人を殺してしまった」と始まる、ある男の書記。
男は、幼き頃より父が無く、母に聞いても乳母に聞いても答えてもらえなかった。
ある日、母と乳母の話を立ち聞きすると、父の所在を知っているような口ぶりであった。
男は、怒りと共に、何としても父の所在を吐かせてやろうと決意する。


紹介と感想
殺人を犯した男は狂気の人なのか、どうなのか。

父に会えると喜んでいる感情は本物なのだろうと思うと、何が幸せなのかは本人にのみ決められるということなのでしょう。

見ぬ父を懐うの一念余は真に思い迫れり、母までも余に隠す腹立たしさよ乳婆までも隣りの人までも、彼らは総て徒党して余を父知らぬ不便な者と為し了る計みよな、計まば計め余は彼らの喉を縊めてなりと父の有家を白状せしめん、白状せずば死ぬまでも探り究めん。

黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.169

田舎医者(1892/明治二十五年)

あらすじ
田舎に開業した医者は、山向こうの別荘に暮らす美しい娘と懇意になりたいと願っていると、ひび薬の受け取りに娘が訪ねて来た。
のぼせあがり、ひび薬と間違えて毒薬を渡してしまった医者は、急いで娘の後を追って行った。
しかし、道に迷っているうちに、苦痛に泣く女の声が聞こえてくるのであった。


紹介と感想
偶然が偶然にかぶさって起きた出来事を描いた小編。
夫の書記、妻の書記、下僕の書記からなるが、夫と妻の書記には異同がある。それは、夫の精神が既に参っており、現実を認識できていないからであろうか。

なぜ、今にしてこの書記を記したのでしょうか。妻の書記を見るに今後の幸せな生活もなさそうなことも匂わされています。
きっと、あの事件の時から精神が平常に戻ることはなかったのだろうと思いました。

短い中にもサスペンスや、考察したいことも盛り込まれている、面白い話しでした。

読者よ、アア、余は如何にしてかくまでの大過失を犯せしぞ、毒薬を合わせし瓶を送らざりし代わりに毒薬その物の原瓶を送りたり、呑まばたちまちに頓死すべく顔に塗らば腐り爛れん、アア余は令嬢を毒殺したり、医者の身としてかくまでの大不都合は毒殺よりなお罪重し「嬢よ許せ」と叫びしまま、ひび薬の瓶を取るより早く狂気のごとく外に飛び出だし山道指して嬢の後を追い走り行くこの時の心のうちは今思いても冷や汗の滴るほどなり。

黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.178

女探偵(1893/明治二十六年)

あらすじ
惚れた弱みで相手のことを何も知らずに、生涯の男と思い結婚したが、箪笥の中身を持ち逃げされた。悔しくて、情けない。一体、どうして見つけてやろうか。


紹介と感想
涙香の創作小説。上記3作も短い作品でしたが、今作が最も短い作品となります。見開き2ページ、全559文字のショートショートです。

物語は全三回構成になっており、結婚詐欺師の男に箪笥の中身を盗まれた女性が、男を捕まえるために一計を案じるコミカルストーリーでした。

エエ悔し、情けなや、と言いて何を手掛かりにその踪を尋ね行かん。

黒岩涙香『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』論創社, 2006, p.184



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