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メグレシリーズ短編「首吊り船」「月曜日の男」「蝋のしずく」 紹介と感想

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』集英社, 1997

今回はメグレの短編の中から『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』に収録されている作品から未紹介の3作品の感想を書いていきます。


首吊り船(1936)

あらすじ
水曜日の夜に《アストロラブ号》の船長エールと妻のエンマが首を吊って死んだ。容疑者としてグラデュという男が捕まった。エールが隠していたとされる十万フランが目当ての犯行だと思われた。しかし、メグレは平底船のことを考えていた。

紹介と感想
あ事件全体の様子がメグレ流カットバックとでも言うような雰囲気で描かれている短編です。事件自体は標準メグレ短編という感じですが、メグレのとった行動が変わり者の名探偵的なもので、最後の謎解きまで含めてザ・探偵役という感じなのが面白かったです。

 メグレには、船体にあたる川のやさしいさらさらいう音と、憲兵の、眠ってしまうことを恐れてデッキで足踏みしている音しか聞こえなかった。しかしこの哀れな憲兵はやがて、メグレの頭がおかしくなったのではないかといぶかった。船の内部にたった一人でいるメグレが、二匹の馬が船倉に放たれたときのようなすさまじい物音を立てたからだ。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.73

月曜日の男(1936)

あらすじ
セーヌ大通りと、マキシム通りの角にあるバリオン医師の屋敷を捜査で訪れたメグレ。三週間前に召使のオルガ・ブーランジェが芒を飲み込み死んだのだ。率直なバリオン医師から話を聞いたメグレは、週に一度訪れる浮浪者《月曜日の男》の足取りを探る。

紹介と感想
他のメグレ短編と同じく少ないページ数で展開される物語ですが、短い中にもメグレらしい空気感が流れています。
短い出番ながらも《月曜日の男》の存在感がしっかり物語の中で生きているのが大きいと思います。
謎としても、読者に推測はできる程度に情報が出されており、メグレものとしてもミステリーとしても一定の面白さが得られる短編です。

《月曜日の男》は気どった足取りでやってくる。穏やかで、泰然たる様子をしている。人生に向かってほほえんでいる。パン屑を拾い集めながらも、一分一秒を楽しんでいるような人間だ。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.21

映像化
ブリュノ・クレメール主演(仏)
 第50話「Maigret chez le docteur」(2004)※日本未紹介


蝋のしずく(1936)

あらすじ
事件現場を訪れる前に、メグレには真相が分かっていた。小さな村に住むポトリュ姉妹に起こった悲劇について全て分かっていた。妹は死に、姉のアメリイは怪我をして自宅で誰とも口を聞かずに横になっていた。メグレは、真相を確かめにアメリイの家へと向かった。

紹介と感想
小さな村の家庭内で起こった悲劇を、報告書だけで真相を理解したメグレの視点から淡々と描いていく短編です。
警視としての経験ではなく、農夫の倅としてのメグレが浮かび上がってくる物語になっています。ミステリーとしては当然大したことないですが、短い中で描かれた悲劇の物語として悪くない作品です。

 これは、演繹法と科学的捜査方法により、現場の見取図と報告書だけで解決できた珍しい事件であった。しかも、メグレはパリ警視庁を出発するとき、すべてを、〈樽の中身まで〉も知っていた。

ジョルジュ・シムノン 長島良三訳『世界の名探偵コレクション10 6 メグレ警視』p.82

メグレシリーズ 既読作品リスト

現時点での読了リストを自分用のメモとして書いておきます。
☆がお気に入り、〇がお気に入りには後一歩だけど良いと思った作品です。
全て現時点での評価になります。

長編
〇03.サン・フォリアン寺院の首吊人(1930)
 06.黄色い犬(1931)
☆07.メグレと深夜の十字路(1931)
☆09.男の首(1931)
 14.サン・フィアクル殺人事件(1932)
〇17.紺碧海岸のメグレ【別邦題:自由酒場】(1932)
☆18.第1号水門(1933)

☆21.メグレと超高級ホテルの地階(1942)
☆25.メグレと奇妙な女中の謎(1944)

☆29.メグレと殺人者たち(1947)
☆35.メグレと老婦人(1950)
☆36.モンマルトルのメグレ(1950)
☆38.メグレと消えた死体(1951)
☆39.メグレと生死不明の男(1952)
☆41.メグレとベンチの男(1952)
〇42.メグレの途中下車(1953)
〇43.メグレ間違う(1953)
☆44.メグレと田舎教師(1953)
☆45.メグレと若い女の死(1954)
☆46.メグレと政府高官(1954)
☆47.メグレ罠を張る(1955)
〇48.メグレと首なし死体(1955)
☆53.メグレと口の固い証人たち(1958)
〇56.メグレと老外交官の死(1960)
 62.メグレと幽霊(1964)
☆63.メグレたてつく(1964)
〇64.メグレと宝石泥棒(1965)
〇72.メグレと老婦人の謎(1970)
 73.メグレとひとりぼっちの男(1971)

中短編
 01.首吊り船(1936)
 02.ポールマルシェ大通りの事件(1936)
 03.開いた窓(1936)
〇04.月曜日の男(1936)
 05.停車──五十一分間(1936)
☆06.死刑(1936)
 07.蠟のしずく(1936)
〇08.ピガール通り(1936)
☆09.メグレの失敗(1937)

☆10.メグレ夫人の恋人(1939)
☆11.バイユーの老婦人(1939)
〇12.メグレと溺死人の宿(1938)
☆13.殺し屋スタン(1938)
☆14.ホテル“北極星” (1938)
〇17.メグレと消えたミニアチュア(1938)
〇19.メグレとグラン・カフェの常連(1938)

 20.愚かな取引(1939)
☆21.街中の男(1940)

☆24.メグレと無愛想な刑事(1946)
☆25.児童聖歌隊員の証言(1946)
〇26.世界一ねばった客(1946)
〇27.誰も哀れな男を殺しはしない(1946)
☆28.メグレ警視のクリスマス(1950)
☆29.メグレとパリの通り魔(1951)


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