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アガサ・クリスティー『殺人は容易だ Murder is easy』(1939)紹介と再読感想

アガサ・クリスティー/高橋 豊 訳『殺人は容易だ』早川書房, 1978

『ゼロ時間へ』を再読した流れから、去年のBBC製作クリスティー原作ミニドラマシリーズに選ばれた『殺人は容易だ』も、10数年ぶりに再読してみました。


あらすじ

植民地で警官をしていたルークは、引退してイギリスへ戻って来た。
友人の家へ行く途中の列車で同席したピンカートンという老婦人から、ウイッチウッド・アンダー・アッシュと言う小さな町で3人の人間が殺され、近く4人目が殺されそうなのでロンドン警視庁へ行く所だと話を聞く。
殺人について信用しなかったルークだが、翌日新聞でピンカートンがひき逃げにより死亡したことを知る。更に、1週間後にはピンカートンが予言していた人物も死んだことを知った。
ピンカートンの言った事は本当だったのではと感じたルークは、ウイッチウッド・アンダー・アッシュへ行くことを決めた。
現地では、地元の有力者・ホイットフィールド卿の屋敷に滞在する事になり、ホイットフィールド卿の秘書・ブリジェットの協力を得ながら情報を集めていく。
果たして、連続殺人は行われているのか。連続殺人だとしたら動機はなんなのか。


紹介&感想(ネタバレなし)

1939年は戦争の影響もあるのか、『そして誰もいなくなった』と『殺人は容易だ』の2作だけで、殺人と判明しているもののみに絞っても17人の人が亡くなっているクリスティー大量殺人の年でした。

物語は、殆どのシーンをルークの三人称一視点で描いていくため、彼の行動や思考をどう思うかが、楽しめるかどうかの重要な点になると思います。

ルークは、ヘイスティングズよりちょっと賢いかな程度の元警察官になるため、捜査中に一目ぼれしたり、思い込みで捜査の幅を狭めたりする所があり、天才探偵が近くにいないこともあるため、人によっては苛つく可能性もあります。

もちろん、このルークの存在が物語の煙幕として機能しているため、読者としてはルークに巻き込まれることなく頭を使う必要があります。

本筋とは特に関係ないですが、作中のある人物の死がイーデン・フィルポッツの短編「鉄のパイナップル」を想起させるものだったので、執筆中のクリスティーが少しでも頭にこの短編の印象が残ってたのか気になりました。

クリスティーの最善の作品ではありませんが、同年の『そして誰もいなくなった』の犯人と同じように、独特の動機と驚くべき行動力を味わうことができる佳作だと思います。
後半、ちょい役でしかないのに安心感をもたらすバトル警視もさすがです。

「いいえ、その考え方はまちがっていますわ。殺人はとても容易なんですよ――だれにも疑われなければね。じつは問題の人物は、だれも疑ってみようともしないような人なのです」

アガサ・クリスティー/高橋 豊 訳『殺人は容易だ』早川書房, 1978, p.22
「何度も人を殺して罪を逃れるのは難しい」と言うルークへのミス・ピンカートンの返答

紹介&感想(犯人ネタバレあり)


久しぶりの再読により、犯人であるウェインフリート周りの描写がとても繊細に描かれていることを再認識できました。

特に、第5章、第13章、第15章は、真相を知って読むとあからさまに怪しく書かれていることに気が付きます。

結果的に、ルークが見当違いの捜査をしていたことが、ルークの命を救ったのかもしれないと思うと、中途半端に賢いことが一番危ないのだと思います。

そして、真相を知った再読だと、ルークが自分の考えを整理する第7章や第14章は、アドバイスをしてあげたくて仕方なくなりました。

ホイットフィールド卿は、可愛い所もあるので、自分に都合の良い物事を当たり前のように信じるのを止めるだけで、もう少し良い人になれなくもないと思うので、孤独な人生の旅を続ける中で寛容さを身に付けられると良いなと思います。

大矢博子さんの『ミステリの女王の名作入門講座 クリスティを読む!』で本作のミステリー部分の技巧について詳細に解説をされているので、既読後はこちらも読んでみると面白いと思います。

「ルーク、あなたはいま、わたしが好き?」
 彼は彼女へ近寄ろうとしたが、彼女は寄せつけなかった。
「あたしは好きかといったのよ、ルーク――愛しているかと訊いたのじゃなくて」
「ああ、そうか。うん、好きだよ、ブリジェット。ぼくはあなたを愛しているのと同じくらいに、好きだよ」
「あたしもあなたが好きだわ、ルーク」

アガサ・クリスティー/高橋 豊 訳『殺人は容易だ』早川書房, 1978, p.327-328
愛しているより好きであることの方が大切だと言うプリジェット

映像化作品

『殺人は容易だ』(1982/米)
 脚本:カルメン・カルヴァー
 演出:クロード・ワサム

ジュリア・マッケンジー主演『ミス・マープル』(英)
 シーズン4 第2話『殺人は容易だ』(2009)

 脚本:スティーブン・チャーシェット
 監督:ヘティ・マクドナルド

『アガサ・クリスティーの謎解きゲーム Les petits meurtres d'Agatha Christie』(仏)
 シーズン2 第9話『殺人は容易だ Un meurtre est-il facile?』(2015)

 脚本:ジャン=リュック・ガジェ
 監督:マルク・アンジェロ

『殺人は容易だ』(2023/英/全2話)
 脚本:シアン・エジウミ=ルベール
 監督:ミーヌ・ガウル


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