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多世代のいえは何のためにある? 建設開始の今、思うこと

ついに始まった。そう言っても良いだろう
3年前に構想を始めた時から、つくっては壊し、つくっては壊してきたアイデア。全く新しい複合的高齢者施設、みたか多世代のいえの建設。(2023年3月完成予定)

今回は、「多世代のいえ」が現時点でやりたいこと、何のためにあるか?その背景にあるストーリーと共にお送りします。

チャレンジすること・したいこと

一つ屋根の下で時間を共にする高齢者と幼児。それをつなぐ“家守”

・「最期まで私らしく暮らす」ための質の高い苦痛症状緩和。医師を始めとした複数のケア専門職が一緒に暮らすからこその強み

・「生活リハビリ」の場。出来ることが増えれば幸福度も増す。生活そのものがリハビリになる。そのために風呂もトイレも洗面台も専用設計

・ケアする者,ケアされる者。もちつもたれつ、フラットな関係

地域通貨。住民同士、自然と支えたくなる起爆剤

・住民個々の「持ち味」を見える化。一箱本棚オーナー約80名による私設図書館。似顔絵セラピー。じぶん史新聞。

・子供達は何を感じる?友達以上家族未満のシニアたちが人生を「卒業」する光景

・様々な料理人が腕を振るうシェアキッチン。→入りたくなる週末カフェ。土日は誰でも入れ〼

一箱本棚オーナーユーザーの挑戦を応援する「チャレンジショップ」。その延長には自分が住みたくなる魅力的なまちづくり 

若者応援。後ろ盾がなくても借りれる住まい、それもリーズナブルに

・屋上菜園。自分で作れるものは自分で栽培。雨水も利用。災害対策も

・みたか電力。まちのちっちゃな発電所。生ゴミコンポスト。持続可能な小さな取組

傾聴ボランティア。あなたも誰かの役に立てる

えっと・・・・
止まらないので一旦これくらいに^^;


絵に描いた餅ではなく、一歩ずつ地道に積み上げていきます。
とはいえ方向性がごちゃごちゃで、

一体何がやりたいの?
と言いたくなりますよね。。。

ですから、まず共通の理念というか「目的」をはっきりしておきます。


多世代のいえの目的


… …  … 
意外と地味ですよね^^;
もっとキラキラした目標、例えば

「最高の笑顔で誰もが自分らしく過ごせる場所を作る」

みたいな、もっと高い目標もありだと思います。

たしかに、いずれそれも目指したい。
でも、まず目指すべきはそこじゃないです。

というのは、高齢者福祉の現状においてもっと直視すべき問題があると思うからです。

それは、高齢者のうつ病です。


高齢者のうつ病の頻度

ここで、一つ質問です。
自宅で生活する平均80歳で介護を要する高齢者のうち、何パーセントがうつ状態で悩んでいると思いますか?

答えはこちら。

〈自宅で過ごす高齢者のうつに関する2006年の報告〉
介護保険認定を受けた1400人強(平均80.1歳)を対象にした調査で、

・うつまたは高度なうつ、の出現頻度はそれぞれ57.2%, 23.1%
合計80.5%。評価にはGDS-15を使用)

・うつの出現は要介護度の上昇に伴い増加した。

うつ病のほとんどが未治療であった。
葛谷ら、日本老年医学会誌 2006,vol43,No.4,512-517

80%以上です。皆さんの予想はどうでしたか?

そして驚くべきは、うつ病がほとんど問題視されていないという事実(未治療のまま)。

さらに想像して欲しいのですが、もし同様の調査を、高齢者施設に住む高齢者に対して行ったらどうなるか?

90%をゆうに超える方々が、うつ病で苦しんでいることは想像に難くありません。


一つ実際にあった話を紹介します。

どこにでもいる老夫婦

つい数年前、ある所に二人暮らしの80代の夫婦がいました。
お子さんに先立たれ、それぞれ兄弟姉妹も近くにいなかったため、夫婦二人で長いことマンションの自室で生活されていました。

奥さんは何年も前から認知症でしたが、旦那さんが家事全般を担い、生活を維持していました。
奥さんは元々は刺繍が大変得意で、趣味を活かしたサークル活動に認知症が始まってからも積極的に参加していました。
部屋の壁にはひな祭りなどテーマにした鮮やかな作品が所狭しと飾られていました。


コロナウイルス流行をきっかけに

ある時期から私が訪問診療で担当することになり、毎月1〜2回家にお邪魔するようになりました。
毎度、壁の作品を指差して「これ素敵ですね、写真撮ってもいいですか?」とこちらが言うと、大変喜んでくれました。

しかし程なくして、コロナウイルスの流行をきっかけにほとんど全てのサークル活動がストップしてしまいました。
それからというもの、奥さんは一日じゅう家の中で寝たり起きたりの生活となりました。


介護保険の拒否

唯一外部の人間として関わっていた私は、それでは体に良くないと説明し、介護保険による通所型サービスや自宅で可能な訪問リハビリなどの導入を視野に、介護保険申請をお勧めし、各種サービスの相談役であるケアマネージャーを速やかに決めてもらおうとしました。

しかし、旦那さんは「妻はまだ歩こうと思えば歩けますし大丈夫です」とそれを受け入れませんでした。


仕方ない、の境地

生活状況が変化すると共に、旦那さんの気持ちもいずれ変化するだろうと思い、その時強くは押しませんでした。
が、その後奥さんの足腰が急速に弱まっていく中でも、なかなか旦那さんは介護保険サービス導入について首を縦に振りませんでした。

一度その理由を直接聞いてみましたが、はっきり要領を得ませんでした。しかし、ボソッとつぶやいた印象的な言葉がありました。

「歳を取れば仕方ないでしょう、こういうことも」

つまり「諦めているから余計なことはしないでいい」そういう考えなのかもしれない、と察しました。


それでも動揺はする

さらに数ヶ月後、奥さんは既に歩くことはなく自宅でほぼ寝ている生活となりました。また、記憶障害が進み、さっきと同じ話・つじつまの合わない話を、繰り返しするようになりました。食欲も低下し、食べたり食べなかったりの生活となりました。

介護保険サービスをあれだけ勧めても受け入れない旦那さんだったので、そうなる事について、ある意味受けやすいと思っていたのですが、様々ストレスもあったのかさすがに焦っている様子が見えました。

夫婦それぞれ一旦距離をおいてお互い休めるように「ショートステイというのもありますよ?」と提案してみたものの、保留されました。


意外な要望

「それはさておき、ワクチンはどうしても受けられませんか?」と聞かれたことに私は少し驚きました。
当時患者さん宅でコロナワクチンを打つことは態勢確保が非常に困難だったので一度断っていたのですが、他のクリニックと連携して特例でどうにか用意しました。
とはいえ、介護保険を拒否されてきたように、余計なことはしてほしくなかったはずでは?と少しギャップを感じたのも事実です。


取り下げられたSOS

そしてワクチンを打つ予定の前日、旦那さんからお電話がありました。
「数日前から妻の具合が悪くてほとんど食事が取れない。どうすればいいのか」

話を聞くと食事が減っているのは以前からで全く食べられなくなったわけではなく、苦しそうにしているわけでもない様子。
すると旦那さんは、

「分かった、何日か様子をみる。また連絡する」
「こういう体調なのでワクチンは残念だが辞退する」
とおっしゃいました。

この時もし、私にもっと余裕があれば「いやいや、このあと様子見に行きますよ」と言えたのですが、その日は臨時往診が重なってあまりにスケジュールが詰まっていて、どうしてもそうもいきませんでした。

「分かりました。お困りの際は、いつでも電話くださいね。」
とその場は電話を終えました。


衝撃

その2日後、朝7時ごろ私の携帯電話が鳴りました。クリニックからでした。

「◯◯さんご夫婦が昨夜火事の事故で亡くなりました。警察から事情を聞く電話がかかってくると思うので対応お願いします」

「え!?どういうこと?」

と、呆然としたのも束の間、私は瞬時に思い返しました。
「…そういうことか。もしかしたら不注意、事故ではないのかも知れない」と。

即座にネットニュースで調べると、見覚えのあるマンションの一室から黒煙が出ている画像が目に止まりました。数平米を焼き、火は1時間で消し止められたがその場で高齢男性の死亡を確認、搬送先の病院で高齢女性の死亡が確認されたと。

現実を突きつけられた私は、得も言われぬ感情に襲われました。

「自分に責任はなかったか…」

「何か出来ることはなかったのか…」

そうです。私は旦那さんが心中を図ったのではないかと直感したのです。そしてその原因の一端は、部外者として唯一介入していたにも関わらず事態を予想・防げなかった私にもあったのではないかと感じたのです。

「SOS」があったあの日、
どんなに忙しくても、家まで様子を見に行けばよかったのではないか?
自分がいけないなら誰かに無理して頼んででもその日に行ってもらっていたら?
勤務日かどうか関係なく「その後大丈夫?」と電話でフォローできていたら?
そのもっと前に、強く言ってでも煮詰まった二人を引き離すためにショートステイに行かせるべきだったんじゃないか?


兎に角、もっと他にもすべきことがあったんじゃないか?

その問いが頭の中をぐるぐると回り続けました。

しばらくして現場検証した警察の方から電話がかかってきました。

「最近のご夫婦について、先生が知っていることを聞かせてください」

私は、こう答えました。
「もちろん不注意の事故の可能性もあるのでしょうが…もし私が旦那さんの立場だったら、日に日に弱っていく妻を前にして、無力感、閉塞感、絶望感に囚われていたと思います。

どうしたからいいのか。
この先どうなるのか。
どうにかなるのか。
『近く』には誰も居ない。

そんな未来を悲観してふと、何かの拍子に自分で火をつけてしまったのかも知れない。
それくらい追い込まれていたとしてもなんら不思議ではありません…」


迷った末での決断

何か他にできる余地は無かったのでしょうか。
当事者たちは揺るがない固い意志のもと最後の決断に至ったのでしょうか?

いや、きっとそうではなかっただろうと想像します。
生きたい気持ちとそうでない気持ちの狭間で、彼らは揺れていたと思うのです。

自殺既遂者の多くは最後の最後まで引き止めてくれる人からの連絡を待って携帯を握りしめているといいます。

その証拠にご夫婦もワクチンという未来への希望を、ギリギリまで捨てていなかったのです。介護保険を拒否してきたのは、何もかも諦めていたからではなかったのです。
だから、何か別のかたちで、未来への希望を感じてもらうことが出来たらば、まるで違った未来が待っていたのではないかと思うのです。


私たちに出来ること

このご夫婦のような生活背景は決して特別ではありません。大小違いはあれど、今この瞬間にも日本全国で似たようなことが起き続けているのです。
だからこそ、一体私たちに何が出来るのか考えました。

・引きこもりでもちょっと出かけたくなるバリアフリーな居場所がある

・そこには会員制のメンバーもいて自然につながる

・自分だけの趣味、悩みを受け止めてくれる

・その結果、知人としてちょっとした相談ができる

・そこは実は泊まったりもできる(短期・長期)

・そこには話をただ聞いてくれる人がいる

・そこでは小さな子どもも遊んでいる

・そこでは自分の持ち味を発揮できる

・そこでは自分で出来ることは自分でやるので生活自体がリハビリとなる

・そこでは地域通貨をきっかけに支え合いが日常的にある


これらがどれくらい本当に役に立つか?

時間をかけて練りに練って来ましたし、大切な仲間もできました。自信もありますが、実際のところはやってみないと分かりません。

他にこういう場所はあまり無いからです。

だからこそ、挑戦したくなりました。


時を戻して、またご夫婦と出会うことができたとしたら、
今度こそ、未来への希望を感じてもらえるだろうか?



うん、きっとできるに違いない。


私たちと共に、挑戦してみませんか?


「人生、捨てたもんじゃないな」 
目の前にいるシニアが心からそう思える居場所 
を作るために。


2022年9月現在、
ケアを担う看護師さん、介護スタッフを
若干名、募集中です◡̈
(常勤1名・非常勤数名)

興味がある方は、下記までご連絡お待ちしています♪ 
info@tasedai.or.jp
※お名前、電話番号、メールの題名にスタッフ応募の件とお書き添えください。思いある方々と、対話し共にチャレンジできるのを楽しみにしています。

みたか多世代のいえ発起人・いち住人
在宅医療専門医
村野賢一郎


シニアにとって安心とは何でしょうか。手厚い見守り?緊急時にすぐ病院に入れること?確かにそれも大切です。しかしそれで充分でしょうか?自分を気にかけてくれる隣人がいる。いつまでも人生に価値があると思える。医師が最期はきちんと苦痛を取り除いてくれる。 その瞬間手を握ってくれる人がいる。この世を去った自分を思い出してくれる仲間がいる。それこそ「多世代のいえ」が提供する安心です。
多世代のいえ公式パンフレット2022より

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