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はじまる  1

ー 終わりそして始まっていく ー
変わった訪問者が来た。十代の姉と弟だという。いろいろな人に尋ねやっとオレを探し当てたそうだ。自己紹介の前に「あなたは私たちのお父さんですか?」思い詰めた顔で聞いてくる。数年の年月の間考えてたどり着いた言葉の響き。苦悩したのだろう。
「悪いけれどオレはキミたちの父親ではない。一眼見ればはっきりしている。遺伝的な特徴もないようだし」
「キミたちの名前を教えてくれないか、住んでる所と両親家族の名前も」
彼らは答える。しかし全く記憶、関係性もない。
母親の旧姓を聞く。
「宮田って言います。宮田かえ、今43になります」「赤坂の近くのO女子大に通っていました。」
記憶の彼方から微かに蘇ってくる。
20数年前数ヶ月間付き合っているというか話し相手になっていた。オフィスのそばのカフェでアルバイトしていた女の子。
女性の名前も誰の名前もほとんど覚えいていないのになぜ思い出すのか。
彼女は両眼の色が左右違っていたからだ。濃い灰色と茶色。髪の毛はかなり薄い茶色。特殊な顔と表情だったからだ。

「その名前は知っている。顔も思い出したよ」
「でも君たちが生まれるずっと前に会わなくなった。海外に行ったからだよ」

二人はやはりという表情で「知らないというんですか!責任はないというんですか!」
「昔のパスポートを見せよう。キミたちが生まれる2年前から生まれた翌年まで日本への帰国記録がないよ」
「母があなたのところへ行っていればそれは関係ないですよね」
「理屈ではそうだろうけど事実ではないよ。折角だからお母さんと一緒に話そうか」
二人と彼らの住まいへと向かった。

彼らの母、宮田香恵はいた。玄関を開け兄妹へお帰りなさいの言葉と共にオレの顔を見てとても驚き大きくうつむいた。
もう分かったのだろう。中へ通され彼女と兄妹と向かい合う。
「久しぶりだなぁ。ちょっとふっくらくらいであまり変わらないなぁ。オレはどんな風に見える?」
「本当にごめんなさい。こんなことになるとは思っていませんでした。」
「それはおいておいてオレをしっかり見てごらん。」
怪訝な顔をしてオレの顔を見る。
「あの頃と全く変わっていません。何かあるのでしょうか?」
「全く変わっていないのをおかしいと思わないのか。」
やっと気がついたようだ。
「あの頃のままそのままなんですね。なぜ歳を取らないのですか」
「知らないだろう、その訳を」
「キミたちのお母さんが本当のオレの恋人だったらその訳は分かるしオレや周囲のものが伝えている。だからオレはキミたちの父親ではないんだよ。子供なら遺伝的に体にその証が必ず出てくるからだよ」兄妹に伝える。

「カエちゃん、オレがこの子たちの父親だと言った訳を教えてくれよ」
「本当に申し訳ありません」と頭を床につけ泣き始める。
「事実と理由はこの子たちに言わなきゃダメだよ。キミのその言葉でこの子たちは何年間も悩まされ続けてきた。言ってごらん、怒りはしないから」

「はい。そうであって欲しかったんです。あなたが急にいなくなり寂しくてしょうがなかった。大学を卒業し2-3年経ってこの子たちの父親と結婚しこの子たちが産まれました。」
「父親は事業が成功し家庭の外で数名の恋人を作り家にもほとんど戻らなくなり離婚しました。」
「子供たちは父親に顔も考え方も癖も全く似ていません。」
「子供たちに本当の父親は他の人でしょ。嫌いにならないから教えてほしいと毎日せがまれ、離婚してから精神的に追い込まれていたので堪えきれずこの子たちにあなたの事を言ってしまいました。」
「ずっとそうだったら良かったと思っていた。ついそれが口に出てしまいもう取り消せなかった。自分でそうだったらと嘘を重ねてしまいました。」

兄弟に言う。
「お母さんを恨むなよ。キミたちのお父さんがどんな人か知らないが、大変だっただろう。それでもキミたちをここまで育てた。キミたち家族の中でお母さんにとっては幸せなウソがあってもいいだろう。それも含めて楽しく暮らせ」

姉が言う。
「あなたには謝りきれない事をしてしまいました。申し訳ありません。」
「殴ってください」

「怒らないよ。事実が伝わったからそれでいい。事実がそのまま伝わる事が何よりも大切だ。」

「家族でよく話せよな。落ち着いたら連絡してな。美味しい魚と肉をご馳走するからみんなで食べような」と別れを告げ帰る。

兄妹は気がつかなかった。親族である遺伝的特徴がはっきりと彼らは持っている事を。それを告げなかった。
その理由は想像がつく。これから突き詰めて確かめよう。彼らのためにも我らのためにも。

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