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青野くんに触りたいから死にたい

死ぬほど号泣する。何度も声をあげて泣いてしまう。傷だらけの心を映す、これは鏡で凶器で宝石で、世界だ。
この世界はクソだと言った、そう言ってくれた女の子が主人公の、これはたった一つの大切な物語だ。


(※注意
考察ではなく本当に純粋な感想文です。感情と主観100%で最後まで書き殴っているのであしからず)


一話を初めてwebで読んだ時からずっと好きで、号泣しながらずっと優里ちゃん達の物語を見てきた。
感情は一つもまとまらない。
意思を持つことを許されず叩きつけられてきた粘土みたいにボロボロのグチャグチャで、そのグチャグチャの形に何回も、初めてのように気付いてしまう。ちゃんと見てしまう。
傷だらけの粘土は最初の綺麗な状態には戻らない。戻らないと知ってしまうことは悲しい。怖い。だけど知らないままでいることはきっと、もっともっと悲しくて酷い。

救えないもの、抗えないもの、守れないもの。そういったもの達の存在と形を知ることの、苦しさと真摯さを教えてくれる私にとってたった一つの漫画だ。


優里ちゃんと青野くんは触れ合うことができない。生きている人間と幽霊だからだ。
作品のタイトルでもある「触りたいから死にたい」の通り、二人はお互いを好きになる度「触りたい」と強く願うようになっていく。願えば願うほどそのもどかしさは募って、二人はあらゆる工夫をこらして、なんとかお互いに「まるで触れてるみたい」な方法を試していく。
「まるで触れてるみたい」は、魔法で、だけど麻薬とよく似ている。重ねれば重ねるほど、どうにもできないことを知ってしまう。そして知ってしまうほどに、今度はもっと強く「触りたい」と願ってしまう。


優里ちゃんから生まれる言葉が好きだ。優里ちゃんの言葉はいつだって心の遺伝子がそのままの形で宿っている。

物語の冒頭、枕と体を重ねた青野くんと抱き締め合うシーンで優里ちゃんは「わたしの匂いだ」と何度も連呼するが、次のコマでは「好きな人と抱き合ったの初めて」とこぼす。
「わたしの匂い」であることと「好きな人と抱き合う」ことは決して交わらない二つのはずなのに、けれど優里ちゃんは一緒にその二つを抱きしめ、泣く。
どちらかを見ないフリすることはすごく簡単だろう。でも優里ちゃんは二つあったら必ず二つとも抱く。だから私はいつも優里ちゃんの言葉に号泣してしまうのだ。自分の心をメチャクチャにしてまでちゃんと全部大事にするから、その真摯に、号泣してしまう。

二人を取り巻く人々も、物語としての役割なんかでは決してなくて、みな言動が真摯で、だから胸が痛い。
この漫画は心の描写に一切の嘘と脚色を添えない。その人物が例え加害者だろうと被害者だろうと、その心から生まれた言葉や思いを、物語の役割のように利用しない。
だから、誰も悪くない。そう。誰も悪くないんだ。誰も悪くないからこそ、正義だって同等に、ちゃんとない。
人をボロボロに傷つける人も、傷つけられてボロボロになった人も、みんな誰もが誰かの加害者で、同時にどこかでの被害者だ。
人の痛みや自分の傷に鈍感になれればなれるほど、世界の輪郭はぼやけていくんだろう。ぼんやりした世界の中で生きていくことは、どれほど温かくて、幸せで、そして怖いだろう。
怖いと知ってしまった時から世界は鮮やかにはっきり映る。傷口も、血の色も、距離も形も、全部がちゃんと見えてしまう。
見えてしまった時目を瞑らないのが強さなのかもしれない。
どれだけ泣いたっていい。怖いと思った時に「怖い」と言える、痛い時に「痛い」と叫べる。すごくすごく、きっと大事なことだ。

優里ちゃんは青野くんに傷だらけにされて、そして青野くんは傷だらけの優里ちゃんを見て傷ついて、二人は泣きながら「痛い」「怖い」と言えるようになった。二人は痛みと恐怖をもっともっと鮮明に知ってしまうことを分かっていて、それでも強くなることを選んだんだ。

「どんな君になってもキスをされると嬉しい」
そう言って泣きながら逃げ出す優里ちゃんにどれだけ心が悲鳴をあげたか分からない。「痛い」と「嬉しい」を泣きながらやっぱり一緒に抱くから、きみの言葉に私はいつだって泣いてしまう。
「逃げろ」と叫んだ青野くんの恐怖はどれほどのものだっただろう。きみは一体どれだけの恐怖に襲われながら、愛する人に「逃げろ」と言ったんだろう。終わることが怖いと言ったのに、やっとそう言えたのに、終わりを突き付ける役をあてがわれるのはいつだってきみだ。

幸せが、終わって欲しくないに決まってる。
大好きな人とずっと一緒にいたいに決まってる。

どうなったっていいよと思うくらい触りたくて、きみと一緒に幸せになりたくて、それ以外はなんにもいらないのに。
でも、それだけが二人をボロボロにする。ボロボロになる二人に、二人が傷ついてしまう。
二人は加害者で、被害者で、歪んだ鏡だ。
自分の右の胸を刺せば相手の左の胸から血が出るような、悲しい鏡だ。

だから二人が愛しい。二人のことを愛さずにいられない。二人が幸せになれない世界なんてクソで、だけど二人が出会えたことがこんなにも幸せで嬉しい。
優里ちゃんはきっとこの二つだって一緒に抱きしめるんだろう。ボロボロの傷だらけで、だけどいっぱい泣きながらその腕で全部抱きしめるんだろう。

出会う前から傷だらけだったきみ達は、おびただしい数の傷を負ったお互いに、どれだけ傷ついただろう。
魔法はない。傷口によく効く薬だって、神様が与えてくれる救いだってない。
そんなものはどこにもないからきみ達は傷だらけになる一方で、だけどないからきみ達は、お互いの傷の痛みを、その深さを、そのひどさを、知ることができた。


「触りたいから死にたい」は、「触れないならいっそ死にたい」とも「触ると死にたくなるくらい気持ちいい」とも、きっと一緒だ。

二人の心に触りたい。
私も「青野くんに触りたいから死にたい」に、触りたい。
死にたくなるくらい、触りたいんだ。

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