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【脇を狙え!】第7節 京都サンガF.C.【レビュー】

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イバルボ!ルアン!ウタカ!バイス!と盤上に揃えば、さながら怪獣大戦争になるかも…という一抹の不安を感じながら迎えた京都戦、蓋を開けてみればちゃんと戦術的な押し引きがベースにあり、その上で怪獣があばれる「タクティカル怪獣大戦争」になった。一安心したけど、これはこれで見どころが多すぎてレビューは結構な長さになる。お昼休みとか、通勤中とか、お休み前とか、とにかく暇な時に見ていただきたい。

スタメン

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長崎は前節からスタメンを1人変更、吉岡に代わって富樫が先発メンバー入り。岡山戦ではイバルボとルアンのツートップで前線の守備が機能しなかった反省を活かし、今節はルアンを右サイドハーフに置きイバルボの相棒を富樫にする4-4-2に変更した。

京都も前節からスタメンを1人変更、レナンモッタに代わって福岡が先発。ボール保持の上手い愛媛に手を焼き、ウィングバック裏のスペースを突かれて先制を許すもウタカの2ゴールで逆転勝利を収めている。J2屈指のタレント集団と言っても差し支えのない"個"が力強いチーム。

5-3-2の泣き所を殴り続ける長崎

これまでの京都の平均ボール保持率は45.6%とリーグ平均よりも低く、比較的ボール非保持を中心とした戦術を取っている。相手がボールを握るときはウィングバックを1列さげて5バック化する事でサイドに蓋をして、左右の揺さぶりに強い陣形を敷く。2トップと3ボランチがボールホルダーにジワジワと圧力を掛け、相手が焦れて縦パスを出したところを絡め取れたらカウンター発動、ウタカ+1だけで十分に仕留める事ができる。ベタな例えをすれば蜘蛛が網を張って獲物を狙うような戦術だ。

5-3-2というシステムには「最終ラインにDF5人を並べてゴール前を強固にできる安心感」と「カウンターに人数(FW2人)を掛けて得点できる期待値」というメリットがあるが、同時に「中盤を3人で埋めないといけない」というデメリットもある。もちろんたった3人で約64メートルあるピッチの横幅を埋めることはできないので、3人1組で左右にスライドしながら対応する必要がある。つまり相手が5-3-2で自陣に引いて守備をするとき、まずは3ボランチの脇(=横)のスペースを有効活用するのが攻略の第一歩になる。

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長崎はいつものごとくボールを保持する時は秋野が1列降りて3バックに可変し京都2トップに対して数的優位を確保、プレスを無効化してビルドアップしていく。これまではウィングバック化した毎熊と亀川が幅を取り、相手の守備網を広げた所で名倉や吉岡に縦パス、ライン間でターンすることで相手を押し込んだが、京都戦では3ボランチを脇を起点にして攻撃していく。

試合の序盤戦が落ち着く15分過ぎからは福岡の右脇、亀川や澤田がいるゾーンを起点にして京都を殴っていく。まず右ウィングバック化している毎熊にボールを預ける→京都の3ボランチが十分に喰いついたところでショートパスを繋ぐorフレイレからロングボールを出して亀川or澤田に展開することでボランチ脇を拠点にする事ができた。特に22分のシーンは象徴的で、1分間にフレイレは3度も亀川にロングパスを出して、全て成功している。いかにこの展開を狙っていたかが分かる「再現性のある」組み立てだった。

その5分後、左右に振られた庄司が不用意に穴を開けたゾーンに澤田が侵入、フレイレからのパスを受けてドフリーの状態で前を向いた澤田がクロス、難しいヘディングを富樫が決めて長崎は狙った形で先制に成功する。

――チームとして京都の中盤3枚の脇を狙っていた。得点はそこから生まれましたが?
特に相手の3枚のところを破るというのは前半から狙っていた。それがダイアゴナルなのかファーサイドなのかは、ボールホルダーの位置や相手の見えない位置に動くことは意識していた。
(富樫敬真)

天敵3-1-4-2を対策してきた長崎

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5-3-2からのショートカウンターが京都の「一の矢」だとすると、「二の矢」は3-1-4-2に可変してからのサイド攻撃になる。これは前節・岡山戦の前半でも再三やられた形で、長崎のような4-4-2でブロックを敷く戦術にとって3-1-4-2の攻撃は最悪の相性と言える。愛媛の川井監督は京都の両ウィングバックを「攻撃面のストロング」と評価していて、長崎も苦しめられることになる。

詳しくは岡山戦のレビューをご覧いただければ分かるが、前節はウィングバック化した徳元と椋原が浮きに浮きまくってサイドを蹂躙された。今節も同じ噛みあわせになるのでサイドハーフが気合いで頑張るしかないとプレビューでも書いたが、長崎はちゃんと復習・予習を欠かさずに今節に望んだ。解決策は「京都3バックに対して長崎は2トップ+1サイドハーフが1列上がって同数プレス→サイドに誘導したらサイドバックが1列上がってプレス」という手法だった。相手の前進を止められれば良し、奪いきれるならなお良しという具合にサイドに誘い込み、京都の両ウィングハーフに前半はほとんど仕事をさせなかった。サイドハーフの1列上がりプレスはタイミングを逸すれば後方に大きなスペースを作ってピンチを招いてしまうだけに、亀川と毎熊は前半を通して正しい守備をしていた

前半終了間際は急にボールが行ったり来たりする展開、富樫が決定機を迎えるがバイスの信じられないゴールカバーで得点はできず、1-0で折り返した。あの局面でいえば京都を突き放せる期待と、追いつかれるリスクを考えれば優先されるべきなのは圧倒的に後者であり、リードして45分を迎えたチームが自らオープンな展開を受け入れていくのは少し試合巧者になりきれない部分がみえた。点が入ってれば結果オーライになったかもしれないけど。バイスすげーよバイス。

監督の喝で腰が上がった京都

攻守ともに対策がハマった長崎と、どうにも上手くいかない京都という図式は前半終了時のシュート数11対1という数字にも表れていた。そもそも京都の選手はらしくないパスミス、トラップミスを頻発し、それがまた試合を難しくする要因にもなっていた。ボールを握った後もビルドアップ時に選手が後ろに多く、守備時はウィングバックが完全にサイドバック化しており、言ってしまえば腰が引けたような戦い方に見えた。

――ハーフタイムの指示は?
とにかく、「何をやっているんだ」「何をビビッているのか」という話はしました。戦術的な話も少しはしたんですけど、どれだけ魂を入れて後半に入れるかという話がほぼほぼでしたね。
(實好監督)

「昭和のテレビじゃないんだからww」と思ったが、これでチームが活性化するからサッカーは分からない。後半の立ち上がりを支配したのは京都で、ウィングバックが高い位置を取ることでプレスの強度が上がり、面食らった長崎はイージーミスを連発して、主導権をみすみす受け渡すことになる。

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逆に腰が引けてしまった長崎は、サイドハーフが相手センターバックに圧力を掛けられなくなり、岡山戦の前半同様に浮いたウィングバック(特に荒木)に攻撃の起点を作られる。ルアンを下げて大竹を入れる事で少しは改善されたが、それでも70分以降は苦しい展開が続いた。

前節・前々節に続き、またしても集中砲火を浴びることになった毎熊だが、今節も無事故で耐え抜いた。これは京都にとっても誤算だったかもしれないが、毎熊はこの試合を通してウタカ・荒木の攻撃を(手元の集計で)6回以上ブロックしている。大卒で、キャンプ中にFWからコンバートされたサイドバックで、もう相手からしたら狙わずにはいられない毎熊だが、テクニック系ドリブラー相手にも筋肉系ドリブラー相手にもしっかり対応してみせた。たぶん紅白戦でイバルボ先生に鍛えられた成果だと思う(適当)

そして毎熊は元FWだからという事なのか、相手のプレスに対しても怯まずにボールを握れるという大きな長所があり、ドリブルも十分に通用している。開幕前は不安視されていた右サイドバックだけど、いつのまにか長崎の質的有利といえるレベルにまで昇華されている。そして毎試合成長している。毎熊恐るべし、、クラブは早く5年契約くらい結んでほしいところ。

ウィングバックが出てくるなら狙いを変える長崎

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監督の喝で完全に腰が上がった京都はウィングバックが高い位置を取って攻勢に出る。長崎のビルドアップにもマンツーマン気味でプレスを掛けていき、隙あらば縦パスを引っかけてショートカウンターで仕留めたい姿勢を見せた。

60分過ぎからは再びボールを握れるようになった長崎。前半は3ボランチの脇を起点に殴り続けたが、後半は京都ウィングバックが上がった後ろ、3バックの脇に狙いを定める。京都的にはこれも構造上どうしても空いてしまう穴で、長崎は亀川・澤田・毎熊を走らせて的確に嫌なところを突いた。73分、84分にはサイドを突いて決定機を迎えたが富樫、畑のシュートは決まらず止めを刺し損ねた。

――ウイングバックを動かして3バックの脇を突くという対京都での相手の狙いがハッキリしてきているが?
ウイングバックを高い位置で守備をさせるんだったらあそこは絶対に空くので、どうしても僕たちがスライドしないといけない。そこはウイングバックの人との連係を高めて、いけるところ、いけないところをハッキリさせないといけないかなと思います。
(本多勇喜)

前半は3ボランチ脇を突き、後半は3バック脇を突いた長崎。これを去年のような即興自主性サッカーでやっていたのであれば驚きだが、たぶん実態は違う。今年から就任した原崎ヘッドコーチか吉田コーチの戦術的落とし込みあってこそだと思う。去年は落とし込みを最小限にして「選手が自分で判断する」スタイルを前面に押し出した手倉森長崎、結果は各駅停車の引きこもり守備の戦術兵器呉屋依存だった。それがここまで戦術的な振る舞いができるようになるとは、、まさに劇的ビフォーアフター。

上位対決で力のある京都に対して、われわれのスタイルと京都のサッカーに対しての準備を持って戦おうと話して、お互いに駆け引きしながら攻め合う、気の抜けないゲーム展開だった。お互いに決定機を作り出しながら、生まれたのが1ゴールだけだったということで、勝点3が長崎に転がり込んできた。
(手倉森監督)

さいごに

互いに個が強いチーム同士だけに、局面では非常にハイレベルな攻防が見られた。イバルボはバイスに完封されたし、ルアンは5度のブロックで守備能力の高さを披露、カイオは秋野と同じくらい攻撃の舵を取った。大竹の致命的なミスから迎えたこの試合最大のピンチも、全速力で戻った二見と徳永の頑張りで野田が外してくれた(運もあった)

選手個々人の局面を観察するだけでもお腹が満たされる試合内容だったが、一歩引いて戦術的に観察するとお互いに狙った形を繰り出していて、なかなか面白い試合だったと思う。京都には「三の矢」としてバイスのロングフィードから裏抜け一発という武器もあったが、90分通して不発に終わった。もしかしたら長崎のDFラインと京都のツートップの間に駆け引きがあったのかもしれないし、ウタカが後ろや左右に流れたことで脅威が半減したという事情もあったのかもしれないが、これは中継ではなかなか見えづらい部分でもあるのでよく分からない。

最終盤はパワープレー気味に押し込んできた京都だったが、ゴール前の混戦も長崎DF陣は身体を投げ出してシュートブロック。まるで昇格した2017年を思わせるような魂の守りで虎の子の1点を守りきり、難敵京都から勝点3を奪い取った。

次は中3日でアウェイ山口、さらに中3日でホーム東京Vと連戦は続く。今回の3連戦はホーム開催が2試合あるので手倉森監督の星計算は「勝点7以上」がノルマのはず。ここへきてフレイレが肩の脱臼で負傷、イバルボも途中交代しており個のクオリティ維持が難しくなる(イバルボは元気に走ってたという目撃情報もあるけど)今のところ長崎は極端に個に依存するチームではないが、ゴール前の質は得点失点に直結する大きな要素であることも事実。本当の意味で総力戦の様相になる連戦になりそうだ。

それにしても、イバルボ対バイスの胸板大怪獣対決は筋肉と筋肉のせめぎ合いになるかと思いきや、お互いの間合いを牽制し合うようなデュエルになってたのが面白かった。前半終了間際のゴールカバーといい、突然の攻撃参加といい、やっぱりバイスすげーよバイス。

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