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【インドに初めていく人必見】一晩中、騙され続けて詐欺にあった話『#4信じ始めた俺』
数分後、車はDTTDCとは別のツーリストオフィスの前に停車した。ドライバーの彼を先頭に、オフィスに入る。入り口を開けると、青いフリースを着た30半ばの男に出迎えられた。
「ハロー、ようこそ。」
ドライバーがフリースの男とヒンディー語で少しだけ会話をした後、彼はチャイを振る舞ってくれた。俺はチャイに手をつけずに、単刀直入に用件を言う。
「今日、一泊だけ泊まれる宿を手配して欲しい。一泊だけじゃ」”オンリー”を強調してフリース男に伝える。
「もうこの時間だと厳しいかもよ。知り合いの宿ならいけるかもしれない。」
彼は思いの外、すんなりと受け答えてくれた。そして、彼はスマホで知り合いの宿らしき所に電話をかける。通話相手と2.3言葉を交わして、電話を切った。
「ダメだよ。いっぱいだってよ。ところで、インドの旅行プランは決まってるのかい?」
なるほどこいうパターンで来たか…。DTTDCでは、俺に信憑性を与えるため日本語の話せるインド人と電話越しに会話させられた。かなりお粗末なものだったけど…。今回はもっと手抜きのようだ。通話相手は、宿のスタッフではない人間だろう。ヒンディー語で会話しておけば、多くの外国人は内容を理解できない。「また一人カモが釣れたぞ」とでも言ってるようにさえ思える。
「いや、決めとらん。」
俺が NO と答えるのを待ってましたとばかりに、彼は勝手に旅程を組み始めた。ここは海がキレイだの、ここは電車にしようだの、勝手に喋り始める。聞くのもめんどくさかった。彼の話が終わるまで俺はただぼーっとしていた。
「このプランで1500ドルだよ。どうだい?」
自信ありげに彼は金額を提示してきた。そんな大金、俺に払えるわけがない。
「高すぎるわ……無理。払えん。」
「ところで予算はいくらだい?」
「200ドルしか持っとらん。二人合わせて、400よ。」
「は!?全部で、かい?」
200ドルという金額に、フリース男だけでなくドライバーまでも驚く。彼らは目を丸くしている。
「そうよ。1ヶ月で200ドル」
「………」
そう、そもそも俺たちは200ドルしか持ってきていなかった。一応デビットカードはあるが、海外非対応だ。友人も友人で、「カードを持ってきていない」と言っていた。俺が友人をインド旅行に誘った時。「2万くらいありぁ、大富豪じゃけえ、道ゆくインド人を媚びへつらえさせれるで。」とテキトーなことを言ったのが原因かもしれない。
もし、金がなくなったとしてもなんとかして稼げばいい。そう楽観的に考えて俺はインドに来た。とにかく、俺たちにはそれぞれ2万円分のインドルピーしか手元にない。
こいつはそもそも騙す相手を間違えている。俺みたいな半分乞食のような人間を騙したところで小銭にしかならない。金を持っていないことが、ある意味強みになっていた。
「200ドルで旅行なんてできないよ!インドの物価が安かったのは昔の話だよ!今は、ヨーロッパやアメリカと変わらないよ!」
フリース男がそう言うと、ドライバーもそうだと頷く。彼の言うように、インドの物価が高いかは定かじゃないが、200ドルで普通の旅行なんてできないのはもっともだ。だが、こっちとしてはそんなことを言われたところで、どうしようもない。ないものは無い。
「俺たちにはツアーは必要ない。払える金も持っとらん。」俺は毅然と彼に言った。
その後、ドライバーがどれくらい安くできるのかをフリース男に尋ねる。フリース男は、頭を悩ませながら電卓で計算をやり直す。そして顔を渋らせながら、これが最終手段だという様子で、別の金額を言ってきた。
「1,000ドルでどうだい?これが一番安いプランだからね。200ドルで旅行しようなんて馬鹿げてるよ。」
「無理じゃ。払えん。」
「…………。」
もうお手上げだと、彼は深くため息をついた。諦めた彼の表情を見て、俺は話を元に戻そうとした。
「俺たちはツアーを申し込みにきたわけじゃない。今日一泊分の宿が欲しいだけじゃ。それだけでええんよ!。」
「宿は空いてないよ……。インドは今危険な状況なんだよ。ほとんどのホテルが閉まってるんだよ。200ドルじゃ泊まれないよ。」
もう彼には、俺たちにプランを組ませる気力が残ってないようだった。諦めかけた表情で言う「インドは危険だよ」と言う言葉には、信憑性が感じられる。本当にそんな状況かもしれないと思えるようになってきた。
一口だけほんの少し、ぬるくなったチャイに口を付けた。普通においしい。俺がチャイを飲まなかったのは、彼を警戒していたからだった。もしかしたら睡眠薬を混ぜているかもしれないという懸念があった。チャイのほど良い甘さが、疲れ切った身体にしみる。タバコが欲しくなってきた。ドライバーから一本もらい、オフィスの外でタバコを吸う。
金を持ってないとわかっても「インドは危険だ」というフリースの男。美味しいチャイ。日本で見たニュース。それらは、彼らの言うように『インドは危険な状況だから、自由に旅行できない』と言う仮説のパズルを組み立てていく。
外でドライバーと話した。彼は「私は君たちが納得するまで付き合うから気にしないでくれ。次を探そう。」と言う。彼の親切に思えるそんな言動もまた、一つの大きなピースとなって疲れ切った俺の脳みそに埋め込まれる。
ちなみにフリース男がプランを説明していた時、ドライバーの彼は催促するわけでもなく、我かんせずという具合にほとんど無言だった。
だが一つ、どうしても嵌らない歪なピースがある。さっき見た黄色いバリケードだ。「危険ならなんであそこに警備員がおらんのんじゃろう…」考えれば考えるほど、またわけがわからなくなってくる。
睡眠もwifiも、もう期待できないだろう。英語を話すのにも頭を使う。疲れはどんどん溜まっていく一方だ。なんとか宿が決まるまで、もしくはツアーを契約するまで、この状況は終われない。
「もう英語でコミュニケーションしたくないわ。脳みそがすごい疲れとる。どっか店で休ませてくれんか。」
「…この時間に店なんてどこも空いていない。」ドライバーの彼は申し訳なさそうに一蹴した。
「しんど……。」
「日本語が通じるオフィスならある。次はそこに行ってみよう。」
俺たちは再び彼の車に乗った。さっきのオフィスからほど近いところに、彼の言う日本語の通じるオフィスはあった。扉を開け中に入ると、アシスタントらしき十代後半の若い男性が電球を交換している。俺たちを見ると、若者は「座って待っていてくれ」とジャスチャーをした。
しばらくして、充血させ涙の膜を張った目の小太りのインド人のおっさんが出てきた。明らかに、ぐっすり眠っていたところを無理やり起こされた様子だ。彼は、目を擦りながら80点くらいの発音の日本語を話した。
「どうしましたか?」
「俺たち、ドライバーの彼に付き添ってもらって宿を探しとるんじゃけど、見つからんくて…。」
「今から泊まるんですか?それは難しい。今、インドに着いたんですか?」
彼の流暢な日本語は少しの安心感を与えてくれる。英語を使わないでいいから、頭も使わないで済む。俺は今までの経緯を軽く説明した。それから彼は大あくびをしながら一言だけ言った。
「それは大変でしたね……………。」
大きな間が空く。それ以上、何もいうつもりがないのだろう。そもそも、俺自身もなんのためにここに来たのかがわからない。宿がないとわかった以上、すでに用件はない。彼も彼で、眠たすぎて対応どころではないといった様子だ。早速、話すことがなくなった。
沈黙に耐え兼ねた俺は、彼に今のインドの状況を聞いてみた。
「たくさんのインド人が今インドは危ない状況じゃけえ、ホテルが全部埋まっとるって言うけど本当なん?」
「そうですね。ホテルはあまりありません。………」彼はまたあくびをしながら答える。
「俺たちは、ネットがないけえ正しい情報がわからんのんよ。あと、疲れすぎて頭が回ってない。」
「そうですね。今は休んだ方がいいですよ。」
普通に考えて当たり前のことを彼は言う。それができなくて、こっちは困っているんだ。本当に眠たくて相手をしてられないらしい。ツアーを勧めてくる気配もない。彼はただ早く寝かせてくれと考えているようだ。これ以上、ここにいても何も進展しないことはすぐにわかった。ただ日本語を少し話せただけに過ぎない。
「わかったわ。ありがとう。」
「それでは、気をつけて。また何かかあったら来てください。」
結局オフィスには5分もいなかった。車に戻る。時計を見ると、3時を回っていた。深夜というよりも、朝になりかけている。
もう何時間寝ていないだろう。日本を出発する前、興奮気味で夜寝れなかった。飛行機が出発してからも、なぜだかあまり寝付けなかった。広島から上海、そしてニューデリー。トランジットの待ち時間を含めると、約24時間にも及ぶ移動だった。インドに着いたら宿でゆっくり寝ようと思っていたが、その願いも叶わず今こうしている。目をつむればすぐに寝てしまいそうだ。
「次はどこに行くん?」ドライバーに聞いてみる。
「わからない…。とりあえずどこか別のオフィスを探す。」そう言って彼はエンジンをかける。
彼にはもう当てがないようだった。それにしても、彼はどうしてここまで付き添ってくれるのだろう?「君たちが納得するまで、付き合う」その言葉には本当に嘘がない。
おそらく次のところでも、宿は見つからないだろう。そして、またツアーの話になるはずだ。だが、俺たちの持っている金では到底ツアーなんて契約できるわけはない。
仕事とはいえ、たった200ルピー(300円くらい)でこの終わりの見えない迷路に付き合わされる彼が不憫に思えてきた。彼のためにも宿を見つけなければならない。次第にそう思うようにもなってきた。
後部座席で車体の振動を受けながら、疲れ切った表情の友人がため息を吐くようにふと言った。
「カードあった……」
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▽次の話▽
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