移動とマドリードの美術館たち
昨日は移動ばかりをしていた。だから今日まとめて2日分書いてしまおうという怠惰な策だ。人間は愚かだし怠けられるところは怠けられる。でも怠けられる精神があるうちに怠けておいた方がいいことを私は過去の経験から知っている。無理をしないとは多分そういうことだと思う。
昨日は起き抜けで一番に中庭にでて、曇り空ながらの太陽光を浴びた。流石に窓のない部屋での5日目の朝は堪える。少し朝らしい気持ちになったところで、小雨の気配がする中コインランドリーに向かった。悲しいかな、コインランドリーで売られている洗剤はどれも二つ入りで、日本に持って帰っても使うあてがないのでこっそりとランドリーの端に置いてきてしまった。ちなみにこのコインランドリーで初めてこの旅行での現金を使った。
洗濯が終わるまでの間近くのカフェで朝ごはんを食べて、乾燥を10分おきに回して洗濯物を乾かした。ちゃんと乾かしておかないとその日はパッキングをしないといけないので他の荷物に影響が出る。乾き切った洗濯物を取り込んで宿に戻り、荷造りをしながらチェックアウトギリギリまで時間を潰した。
次の目的地はマドリードだ。陸路でもいけたが、流石に時間がかかりすぎると思い空路にした。しかしこの空路も厄介で、ryanairというEU独自のLCCにしてしまったが最後、ボーヴェ空港(Bouvais)まで行かなくてはならなかった。パリから電車とバスで1時間半、挙句バス停はGoogleマップでは正しく表示されない仕様だ。現地に住む日本人の口コミブログはこういうところで真価を発揮する。おかげで乗り過ごすことなくバス停(辿り着けばボーヴェ空港行きしかない)に向かうことができた。
LCCに乗るまではやたらと時間もかかったし遅延もしたが、どうにかマドリードの地に辿り着いた。
空港の外に出るとパリよりも暑く、緯度がパリよりも低いことを思い知る。太陽との距離がパリよりも近い。どこかまとわりつくような湿気を振り払って地下鉄に乗り込み、次の宿まで向かった。
宿は鍵の建て付けが悪いところで、2日目となった今も私はうまく鍵を開けられないし、今これを書いている出先からの帰りも鍵を開けて家に帰れるのかわからない。困ったらホストを呼び出すしかない。
その日は近場のピンチョスがやたら置いてある店で軽く晩御飯を済ませて、翌日すなわち今日に備えた。
そして今日は、マドリードで目玉にしていたレイナ・ソフィアとプラド美術館である。
どちらもフランスと異なるのは作品の撮影が不可となっている点で、特にレイナ・ソフィアでいえばゲルニカの原画は撮影が禁止されていた。でもそれでいいのだと思う、前にも述べたようにただ写真を撮って満足するのではなく短くても作品に向き合ってみる、好きな作品を見つけてみるというのは大事なことだ。必要ならいくらでもメモを取ればいい。好きな作品はそれだけの衝撃を残していつでも記憶に残るはずだ。
二つの美術館を繋ぐのは戦争や反戦といったテーマだろうか、スペイン絵画にはどうもそういった薄暗く鬱屈とした黒の気配を感じる。特段プラド美術館に飾られている18世紀前後の作品は、レンブラントとはまた異なる影の気配が忍び寄っていて、たとえ肖像画であってもおぞましさをどこかに覚える作品が多かったように思う。
レイナ・ソフィアは20世紀以降の作品を収集しているだけあって、ポンピドゥーよりもより現代的な作品が集中していた。それだけにプラド美術館よりも少しは明るい気配はしていたが、それを全て消し去るのがゲルニカの存在だろう。思っていたよりも小さく、思っていたよりも大きい。これがゲルニカの全てだと思う。
原田マハのゲルニカを読んで美術の世界に引き摺り込まれた身分として、タペストリーではないゲルニカがマドリード、スペインという地にあることの重さを考えざるを得ない。それはこの作品がもし万が一他の地に行くことになれば違う意味をもたらすということであるし、絵画はそれだけ言葉を持つということだと思う。
ただ唯一、もっとドラ・マールによる記録が展示されていたら良かったのにと思ったところだった。
プラド美術館はオルセーとルーブルの合いの子のような雰囲気であった。スペインのn=2の展示に依存するだけだが、どちらも展示のテンポ感がよいし照明計画が優れている。自然光を取り入れるわけでもなく明るすぎるわけでもなく暗すぎるわけでもなく、まさに「最適」としか言いようがない照明計画だった。
プラド美術館もまた多くの作品があるが、オルセーのように目玉作品を押し出しすぎるわけでもなく、かといって美術館としての推し作品はパンフレットに記載しているあたりがなんとも愛おしい。スペイン語の解説の方が多いことが痛いが、それでもフラ・アンジェリコからピカソまでのスペイン王国が関連してきた作品を見られる環境は稀有だろう(肖像画が多くて食傷気味になることはある)。
こう様々な美術館を見てきて、残るはあと2館だが、作品数が多ければ良いということでもないなと思えてくる。この詳しいところは自分の論文で述べたいところだが、結局は運営、むしろ経営の手腕の話であって、「キラーコンテンツ」だなんだという話は二の次ではないだろうか。絵は知識なきものに語りかけてこない。たとえその知識が初めて対面する時なくとも、面白いと思わせる展示を展開することが美術館に求められることなのではないだろうか。
そんなことを色々と考えながら、日本時間の真夜中、むしろ明け方に至るまで私はマドリードのカバ・バハ通りで4軒目の梯子を迎えている。正面の店ではギターの生ライブが開かれている。日は21:30を回ってもまだ落ちておらず、日曜の夜の人々の活気はすごいものだ。このままもう一杯飲んでから帰ってしまおうか迷っている。今日見たいところは見れてしまったし、明日はスーパーでお土産を買いたいくらいで観光の予定はないし(それほど今回の旅は美術館に傾倒している)、ビルバオに向かうバスは16時だから時間に余裕はある。
人間はだいたい迷っている時、ろくでもないほうの選択肢を取る決断をためらっている時間を稼いでるだけだと思う。だから多分私はもう一杯くらい飲んでから帰るだろう。終電はまだあるはずだ。歩いても20分ほどの距離だし、人気のある通りだ。そういう旅の夜があってもまあいいか、鍵の開け方はいまいちわからないけれど、と思って。
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